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第30話 内偵③

 ピアス男とオオサキが話題にしているのは、俊のことではないのだろうか?  百パーセントそうだとは言い切れない……けれど……。 『かわいこちゃん』 『男』 『容姿端麗』 『性別なんか関係ない』  それらの言葉から、桐谷の脳裏に浮かぶのは俊の姿だった。  俊もチャラ男もこの店には何度も来ているだろうから、居合わせていてもおかしくない。  そのときにチャラ男が一方的に俊に恋心を抱いたとしても、不思議ではない。  チャラ男が岬から出たところで、それとなく詳細を聞きだすか、それはまだ尚早か、桐谷が逡巡していると、ジャケットの胸ポケットのスマートホンが鳴った。仕事用のほうのスマートホンだ。 「はい。……はい、分かりました」  どうやら今日は時間切れのようだった。都内で銀行強盗事件が起こったようで、すぐに現場に向かうようにと連絡が入った。  大きな事件が起きたら、休日返上で駆けつけなければいけないのは、この仕事の辛いところだ。  桐谷はコーヒーの残りを飲み干すと、伝票をつかみ、レジへと向かう。  途中カウンター席のチャラ男の横を通ったが、話題は既に違うものに移っていた。  レジにいるウエイトレスに金を渡すと、彼女は体をくねらせて、 「ありがとうございましたぁ。また来てねー」  甘ったるい声で言い、投げキッスまでしてきた。  どんなにコーヒーがおいしくても、絶対に常連にはなりたくない店だなと、桐谷はつくづく思いながら岬を出て行った。

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