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第31話 迷い

 桐谷が手作り料理を届けてくれた夜から、数週間後の夕刻、岬のマスター、オオサキから俊の元へ電話が入った。  調べていたことがすべて分かったから来いと言う。  にわかに俊の緊張が高まった。やっと家族を殺した奴らの情報が全部分かったということだ。  俊はこれから復讐鬼としての本当の一歩を踏み出すわけだ。  それはずっと待っていた瞬間のはずだった。  なのに……。  俊の心には躊躇いの気持ちが芽生え始めていた。  犯人たちの名前や居場所を知ってしまったら、きっともうあとには戻れない。……それはまぎれもなく桐谷との、完全な別れを意味する。  突然湧き上がってきた迷いの気持ちに戸惑いながらも、俊はハーフコートを羽織り、出かける準備をした。  ふと小さなテーブルに置かれた五つのタッパーが目に入った。桐谷が作ってくれた料理が入っていたものである。結局、俊は料理をすべて食べてしまった。  きれいに洗ったタッパーの傍らに、小さなメモが置いてある。  そのメモは紙袋の底に遠慮がちに入っていたもので、桐谷のスマートホンの電話番号が記されたいた。  ……あの夜からあと、桐谷が俊を訪ねてくることはなかった。  刑事としての仕事が忙しいのか、あの夜、ひどいことを言ってしまった俊に愛想をつかしてしまったのか。  後者のほうだとすれば、とても辛い。俊のほうから彼を遠ざけようとしておきながら矛盾しているとは思うけれども。  俊はしばらくのあいだ、メモを見つめたあと、それをハーフコートのポケットに入れた。

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