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第32話 迷い②

 自分はいったいなにを望んでいるのか、桐谷にどうしてほしいのか、俊自身にも分からないでいた。  ただ一つ確かなことは俊の心に迷いが生まれているということだ。  事件よりあと、俊の人生の意味は復讐にだけあった。  桐谷は幸せだった過去の中に存在し、あくまでも思い出や夢の中だけの人だった。  けれども十三年の月日を経て、夢の中だけの思い人が、俊のリアルな世界に現れた。  そしてあっという間に、長い長い時間の壁を超えて、俊の心の奥深くに入り込んできてしまった。  ……先輩が優しすぎるから僕は……。  俊は唇をきつく噛みしめた。  マンションの外に出ると、夕刻の空気は、すっかり冬の始まりを感じさせる冷たいものになっていた。  俊はハーフコートの前を合わせると、重い心を抱え右脚を引きずりながら、薄闇に沈む緩やかな階段を下り始めた。  岬へ向かうため、俊が大通りを歩いていると、後ろからブルーグレイの車が近づいてきて、俊の横で止まった。ウインドーが静かに下りる。 「俊!」  車の中から名前を呼ばれ、びっくりして見ると、運転席に桐谷の姿。 「桐谷先輩?」 「ちょうど良かった。おまえのところへ行こうとしてたんだ。……乗って」 「え?」  突然のことに俊が困惑していると、桐谷が急かす。 「早く。後ろがつかえているから」  確かに桐谷の車の後ろには途切れることなく車が並んでいて、前の車が動き出すのをイライラと待っている。  俊はわけが分からないまま、とにかく後部座席に乗り込んだ。

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