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第33話 先輩命令

 静かに車が走り出す。  しばらくのあいだ桐谷は運転に集中して、なにも言わずに車を走らせていたが、道が空きだしたところでようやく口を開いた。 「行き違いにならないで良かったよ」 「……来ないでくださいって言ってるのに、今度は車で拉致ですか? 先輩」  心の奥では切なさと甘い疼きを感じているのに、俊はまた憎まれ口を叩いてしまう。  本当は先輩が僕に愛想を尽かさずに、会いに来てくれたことがうれしいのに……。  でもそれをはっきりと認めてしまえば、俊はもう復讐を果たせなくなってしまう。  冷たい口調で切って捨てるように話すのは、自分自身を欺くためなのかもしれない。  ミラー越しに桐谷が俊を見つめてくる。切れ長の瞳はいつもと変わらない優しさにあふれている。  俊は泣きだしてしまいそうなのをこらえて、彼の瞳をきつく睨んだ。 「どこに連れて行くつもりなんですか? オレ、今夜は先約があるから降ろして欲しいんですけど」 「そっちにはスマホで断りの連絡をしておくんだ」 「そんな……ムチャクチャです、先輩」 「先輩命令だ」  有無を言わせぬ声だった。ミラーの中の桐谷の瞳が鋭く俊を射抜く。逆らえない。  逡巡しているあいだにも、車窓の向こうの景色は見覚えのないものになっていく。  俊がしかたなくスマートホンで、オオサキにキャンセルの電話を入れると、オオサキはかなり気分を害したようで、無言で電話を切ってしまった。おそらく約束をキャンセルされるなどというのは初めてのことなのだろう。 「本当にどこへ行くんですか? 先輩」 「着いたら分かるよ」  俊の問いかけにも、桐谷は綺麗な微笑みを見せるだけだ。

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