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第35話 先輩の部屋
桐谷の部屋は五階にあった。
「どうぞ、俊」
そんな言葉とともに彼は俊を部屋に招き入れた。
玄関をくぐるとすぐダイニングキッチンがあり、冷蔵庫、オーブンレンジなどの家電があり、鍋やフライパンなどの調理道具もそろっている。
ここで、あのおいしい料理の数々を作ってくれたんだ……。
幸せの味がした手料理が思い出されて、俊の胸がきゅんと鳴った。
ダイニングキッチンの奥はリビングで、ソファとテーブルが中央に配置され、テレビとdvdレコーダーのセット、ミニコンポなどが置かれている。
ダイニングキッチンとリビングと、あともう一つ部屋がある1LDKらしい。
「そこのソファに座ってて。飲み物持ってくるから」
俊は桐谷の真意が分からず、困惑しながらソファに腰を下ろした。
思い人の部屋にいるという甘い高揚感が、どんなにごまかそうとしても、俊の心の奥底から湧き上がってくる。
どうにも落ち着かない気持ちでいると、桐谷がトレイにココアとコーヒーを乗せて戻ってきた。
柔らかな湯気をあげるココアとコーヒーをテーブルにを置くと、桐谷は俊の向かいのソファに座る。
桐谷がコーヒーに口をつけたので、俊もココアを一口飲んだ。
砂糖の代わりに蜂蜜が入っているようで、独特の優しい甘さが少し気持ちを落ち着かせてくれるようだった。
俊はココアが入ったマグカップで顔を隠すようにして、桐谷の顔を盗み見た。
見れば見るほどかっこいい人だと思う。中学時代からかっこよかったけど、今は大人の男の色気が加わり、いっそう魅力的だ。
いつまでも彼の顔を見つめていたいという誘惑が、俊の心に込み上げてくる。
その誘惑を断ち切るように俊は口を開いた。
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