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第51話 躊躇②

 岬は表向きは喫茶店だが、集まってくるのは、どこまでも得体のしれない犯罪者か犯罪者予備軍ばかりだ。……俊もまたその一人なのだが。  このドアを開ければ、家族を殺した奴らの詳細を知ることができる。  俊は唇を強く噛みしめると、岬のドアノブに手をかけた。  だが。  俊の手はドアノブに触れたまま凍り付いたように動かない。  どうしてもドアを開けることができなかった。  怖いと初めて感じた。  三年ものあいだ、平気で入っていた場所だというのに。今、自分が触れているドアの向こう側に、俊はとてつもない恐怖を覚えていた。  扉一枚隔てた向こう側では犯罪者たちが巣くい、オオサキという底知れぬ怪物が棲んでいる。  ドアノブに置いた俊の手が小刻みに震え出す。震えは全身に伝わり、やがて心の中へまで伝わってくる。  岬の中へ入ることはできなかった。  凍り付いてしまった手を必死の思いでドアノブから離すと、震える体を抱くようにして俊はその場から逃げ出した。  深夜、日付が変わっても喧騒はやむことがない繁華街を、右脚を引きずって走る。  先輩、桐谷先輩に会いたい……!  俊は心の中、それだけを叫んでいた。         *  ――俊が岬の前で逡巡している様子を、少し離れた物陰からジッと見つめ続けている男がいた。  たくさんのピアスを耳だけでなく唇にもつけた、金髪のいかにもチャラそうな若い男だ。  俊が右脚を引きずりながら、走り出したのを見て、チャラ男もまたゆっくりと走り出す。右脚が不自由な俊のあとを尾けるのは、簡単なことだっただろう。  大通りに出て、俊がタクシーに乗り込むと、チャラ男もまたタクシーを拾った――。         *

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