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第52話 愛する人のもとへ
俊は自分があとを尾けられているなど想像すらせず、心を桐谷へ飛ばしてタクシーへ乗っていた。
一週間前は桐谷にさらわれるような形だったし、翌日もタクシーを使って自分のマンションへ戻ったので、俊にはいまいち桐谷のマンションの詳しい場所が分からない。
マンションの名前も憶えていなかったので、とりあえず適当なところでマンションを降りた。
車が行き交う通りから少し歩くと、閑静な住宅街に出た。時間が時間なので、人通りはまったくない。
俊はハーフコートのポケットからメモを取り出した。そこには桐谷のスマートホンの番号が記されている。
俊は桐谷へ電話をかけた。
ソファでウトウトしていた桐谷は、テーブルで鳴り響いたスマートホンの音で目を覚ました。
手を伸ばしてスマートホンをとると、そこにはまったく知らない番号が表示されている。
もしかして……。
期待に胸が高鳴る。
「……はい」
声が少し掠れた。電話の向こうの相手はわずかな沈黙のあと、
《……桐谷先輩?》
桐谷がずっと待ち続けていた声を聞かせてくれた。
「うん、そうだよ、俊」
うれしさで胸が詰まる。話したいことはたくさんあるのに、言葉になってくれない。
電話の向こうで再び短い沈黙が落ちた。
《先輩、あの僕……》
「ん?」
オレから僕へと話し方が戻り、その声音には微塵の冷たさもなくて……。
それは桐谷が知っている本当の俊の声だっだ。
《僕、先輩のマンションの近くまで来ていると思うんですけど……、はっきりとした場所が分からなくて、道順、教えてもらえますか?》
「え……?」
近くまで来ているって……。
桐谷は思わず立ち上がり、意味もなく部屋を見渡した。
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