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第54話 危機
「怒った顔もかわいいねぇ……、高い金出したかいあったわー」
男はわけのわからないことを言い、相変わらず厭らしい笑みを浮かべ、俊との距離を縮めてくる。
そして突然、襲い掛かってきた。
俊は間一髪で男をかわすと、右脚に力を込めてバランスを保ちながら、左足で男に足払いを食らわせた。
一度は復讐に一生を捧げようと誓ったのだ。右脚は不自由でも、それなりに体は鍛えている。見た目ほどはか弱くない。
簡単に組み伏せられると思っていた相手に、逆に足払いをかけられ、男はプライドが傷ついたのか、一気に逆上した。
だらしなく穿いたズボンのポケットからナイフを取り出すと、再び俊に襲い掛かる。
男のナイフをなんとかよけることはできたが、右脚が少しふらついてしまった。
バランスを立て直そうとする俊に、男が荒い息を吐きながらぶつかってきた。
……え?
右の腹部に熱い痛みが走る。なにが起きたのか分からなかった。
俊はふらつき、傍にある街灯に寄り掛かった。ようやく刺されたのだと気づく。ナイフが腹部に深く沈み込んでいた。
男は本気で刺す気はなかったのだろう、自分がしでかしたことにパニックに陥っていて、「あわうわ……」と意味不明な言葉を呟くと、一目散に逃げ出した。
足元から力が抜けていき、俊はそのままずるずると街灯の根元へとしゃがみ込んだ。
痛いと言うよりは熱さに近い感じがした。なのに体の奥からは激しい寒気が這い上がってくる。
軽い吐き気も感じ始め、息がうまくできない。
思わず咳き込むと、鋭い痛みが襲ってきた。
瞳に映る公園の景色が段々とかすんでくる。そのぼんやりとした視界に走ってくる長身の男性が見えた。
……桐谷先輩……。
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