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第57話 暗闇
ふと気づけば、俊は暗闇の中にいた。
……ここはどこ? 暗い。誰もいないの?
俊が独り不安に震えていると、暗闇の向こうに、ぼんやりとした灯りが浮かび上がってきた。
そこには失ってしまったはずの俊の家族がいた。
父親も母親も兄も姉も、みんな優しい笑みを浮かべて俊を見ている。
『お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん』
……ああ、そうか。あの恐ろしい事件は夢だったんだ。
みんな、殺されちゃうなんて、怖い怖い夢で、ようやく僕はその悪夢から目を覚ますことができたんだ。
俊は家族のほうへ走り出した。右脚も軽く、自由に動く。
俊は家族の輪の中へ入ろうとした。だが、あと少しで家族に手が届くというとき、俊は透明な壁のようなものに遮られた。
目の前に父や母、兄や姉がいるのに、どうしてもそれ以上近づけない。
俊は見えない壁を必死に叩きながら叫んだ。
『お父さん、お母さん、僕もそっちに行きたい! ねえ、お兄ちゃん、お姉ちゃん』
優しい微笑みを浮かべていた家族が、怒ったような顔でかぶりを振る。
父親が厳しい声で言った。
『俊、おまえはまだここへ来てはいけない』
『なんで? どうして僕だけ置いてっちゃうんだよ? みんながいなければ、僕は独りぼっちじゃないか。一人はもう嫌だよ……寂しい、寂しいよ……!』
『そんなことないだろう? 俊』
父親が表情を和らげる。
『おまえは独りぼっちなんかじゃない』
そう言うと、父親は右手を上げて、俊の後方を指差した。
俊が振り返り、父親の示すほうを見ると、はるか彼方にまばゆい光の帯があり、俊を呼ぶ声が聞こえてくる。
「俊……俊……」
懸命に僕を呼ぶこの声は……、
……桐谷先輩?
『俊、分かっただろう? おまえは独りぼっちなんかじゃない』
『うん……』
『ゆっくり彼と人生を歩いておいで。お父さんたちはずっとおまえを見守っているから』
父親の言葉に、母も兄も姉も微笑みながらうなずく。
『うん。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、僕はまだそっちへは行かない。先輩がいてくれるから。だからずっと見守っていてね』
俊は微笑み返すと家族に背を向け、光の帯へと走り出した。
愛する人の声がするほうへと……。
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