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第58話 快復

「……なんか僕、恥ずかしすぎですね、先輩」  病院のベッドに横になったまま、俊が照れくさそうに言った。  意識を取り戻してから数日後。  俊は集中治療室から個室へ移っていた。  細い腕にはまだ点滴の管が刺さり、それがなんとも痛々しいが、傷は順調に快復している。  ベッドの傍に椅子を持ってきて座り、桐谷は彼に微笑みかけた。 「なにが?」 「だって僕、刺されたとき、絶対このまま死んじゃうんだって思ったから、いろいろと恥ずかしいこと言った気がするんだもん」 「そんなことないよ」  俊の言葉に今でこそ苦笑で応えられるが、いっとき、彼は危険な状態に陥ったのだ。  あとほんの少しでも刺された位置がずれていたら、致命傷になっていたと医者は言っていた。  俊の意識が戻るまで、桐谷のほうこそ生きた心地がしなかった。  もうそのときのことは思いだしたくなくて、桐谷は話題を変えた。 「ところで俊、近いうちにおまえのマンションの荷物を、オレのところへ移すから、処分するものがあればメモっとけよ」 「あ、はい……」  たちどころに彼の頬に朱が走る。  俊が退院したら、桐谷のマンションで一緒に暮らすことになっている。 「昨日の朝、仕事へ向かう途中におまえのマンションへ寄ったけど、呆れるくらいなにもない部屋だな。あれじゃ、引っ越し業者は頼む必要ないな」 「それは、まあ……。でも先輩の部屋だって、あんまり物があるほうじゃないでしょ?」 「俊の部屋に比べたら、断然物があるほうだよ。フライパンや鍋もちゃんとあるし」  桐谷がそう言って笑うと、俊は少し頬を膨らませた。 「だって僕は自炊しなかったから……」 「退院したら、オレの手料理たくさん食べてもらうからな」  桐谷が俊の頭を撫でると、彼はほんの少し顔を曇らせた。 「どうした? 俊、気分でも悪い――」  心配する桐谷の言葉にかぶさるように俊が言う。 「……桐谷先輩、僕、本当に先輩のところへ行ってもいいんですか?」

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