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第59話 あの頃の天使
「なに言ってんだよ、俊。当たり前だろ」
「でも、先輩はかっこよくて、すごくモテるから、美人でスタイルも性格も良くって、色っぽい……そんな素敵な女性だって選び放題じゃないですか……。なのに、僕なんかが……」
「俊だって、美人でスタイルも性格も良くて、十二分に色っぽいじゃないか」
言葉のニュアンスに初めての情交のときのことを匂わせながら、桐谷が意味深に笑って見せると、俊は真っ赤になって目を逸らしてしまった。
桐谷は、彼の小さな顔を両手で包み込み、視線を合わせる。
「オレはおまえと一緒に暮らしたい、俊……」
「桐谷先輩……」
「十三年間も会えなかったんだ。まずはその時間を埋めたい。オレは俊といろんな話をしたいし、いろんなところへ行きたい。おまえのいろんな表情が見たいんだよ」
「先輩……」
俊の大きな瞳が涙で潤んでくる。
桐谷は彼の目元にそっとキスをしてから、耳元で囁いた。
「……それにエロいことも、いっぱいしたいし」
「……っ」
桐谷のあからさまな言葉に、俊はより真っ赤になり、シーツの中へ深くもぐってしまった。
まるで亀の子だ。
「俊、しゅーん」
亀の子になってしまった俊をシーツ越しにツンツンとつつくが、なかなか顔を出してくれない。
本当にかわいいんだから……。
桐谷はクス、と笑った。
俊は中学生のあの頃から変わっていない。
悲しみと憎しみが作り上げてしまった復讐鬼の仮面を取り去れば、あの頃の愛くるしい天使のままだ。
「……じゃ、オレそろそろ帰るよ。明日も急な仕事が入らない限り、帰りに寄るから。なにか欲しいものあるか?」
桐谷が聞くと、俊はようやくシーツから少しだけ顔を出し、返事をした。
「……シュークリーム、食べたい」
「分かった」
食べる物は特に制限されてはいない。桐谷は俊の相変わらずの甘党ぶりに思わず微笑みを浮かべた。
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