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第61話 対決②

 桐谷の静かな、でも冷たい声に、オオサキはようやく口を開いた。 「ここにはルールなんてものはない。安西はあれだけの容姿をしているから、この店の常連にもあいつを買いたいというやつは何人もいた。その中でマスダが一番大金を積んだから、やつに情報を売ったまでだ。まさかあんな馬鹿な真似をするとは思わなかったがな。……どのみち安西に復讐は無理だ。逆に捕まって、さんざんもてあそばれて殺されるだけだろう。それなら、金のあるやつに安西を売るほうが賢明というものだ」  表情一つ変えずに、勝手極まりない理屈を言うオオサキに、桐谷の心の奥から激しい怒りが込み上げる。拳をより強く握りしめ、奥歯を噛みしめて怒りの感情を抑え込んだ。 「そんなにお金が大切ですか? どれだけお金があっても手に入らないものはたくさんあるでしょう?」  桐谷の鋭い目を、オオサキは濁った目で睨み返すと、 「金でなにもかもが手に入るなどとは思っていない。だが、金がなければ手に入らないものがたくさんあるのも、また事実だ」  乾いた声でそんなことを言った。  ……確かに一理あると言えばそうだろう。でも違う。このオオサキという男はどこかがおかしい。 「……犯人たちの情報の一部を安西は買っていたみたいですね。それによって十三年前の事件の捜査がかなり進展しそうです。……おそらく殺人を依頼した人物たちは捕まるでしょうね。あなたの情報も無駄にはならなかったということです。勿論、だからといって、あなたにお礼を言う気はさらさらありませんが」 「…………」  オオサキはまた口を閉ざし、洗ったグラスを布で丁寧に拭っている。 「安西はもう二度とここに来ることはないし、あなたと会うこともないでしょう。……でも、オレは」  桐谷はいったん言葉を切ると、オオサキを睨む瞳をより鋭くして、 「……いつか取調室であなたと会えることを願っています」  殊更丁寧に言い捨てると、岬を出て行った。

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