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第62話 二人の部屋へ
俊はクリスマス・イブに退院した。
桐谷はどうしても仕事が休めなくて、俊は一人、タクシーで彼のマンションへ帰ってきた。
五階の『桐谷』のプレートがかかった部屋の前で、俊は一度深呼吸をする。
胸が張り裂けそうにドキドキしていた。
猫のキーホルダーがついた合鍵で鍵を開ける瞬間が、本当にうれしかった。
中に入ると、ところどころに俊の持ち物が置いてあるのが目につく。
……今日からここで桐谷先輩と一緒に暮らすんだ。
そう思うと、幸せで心が満たされる。
俊は憑き物が落ちたような気持ちだった。勿論、今でも家族の命を奪った犯人たちはすごく憎い。
けれども、そんな最低な輩のために自分の命を危険にさらすことなど、父も母も兄や姉も、決して望んではいないだろう。
そんなことさえ分からなかった……今までの僕は……。
ほとんど狂気に近い復讐心が俊自身をがんじがらめにしていた。
その呪縛を解いてくれたのが桐谷だった。
「あ、そうだ。先輩にメールしなきゃ」
帰ってきたら、メールを入れるように桐谷から言われていたことを思い出す。
俊はリビングのソファに座ると、スマートホンをポケットから取り出し、無事退院して、部屋に帰ってきたことをメールした。
桐谷からの返信メールはすぐに届いた。
〈おかえり、俊。今夜は八時くらいには帰れると思うので、テレビでも見て待ってて。
おなかが空いたら、冷蔵庫にサンドイッチを作ってあるから〉
俊の口元がほころぶ。桐谷のなにげないメールがとても愛しい。
ふと壁にかけられた時計に目が行く。午後の一時半を回っていた。
そういえば、病院で朝ごはんを食べたきりだっけ。
思い出したら急に空腹を感じた。
ダイニングキッチンへ行き、冷蔵庫を開ける。
今回の引っ越しに伴い処分してしまったが、俊が以前使っていたのはワンドアの小さな冷蔵庫だった。だが桐谷のキッチンにあるものは、一人暮らしには大きめのスリードアタイプのものだ。
中にはさまざまな物がきちんと整理されて入っている。ミネラルウオーターの横にある高そうなワインは、今日のために用意してくれたものだろうか。
俊はラップに包まれたサンドイッチを取り出した。
マグカップに牛乳を入れ、レンジで温め、テーブルにつくと、サンドイッチにかぶりつく。
ハムと卵とチーズとツナ、それに野菜がたくさん入ったサンドイッチは、とてもおいしい。
ほんと先輩って料理上手だよね。いいお嫁さんになりそう。
そんなことを思い、一人クスクスと笑いながらサンドイッチを平らげた。
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