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周焔編(氷川編)9
通されたのは、この巨大な建物にふさわしい――いかにも高級感あふれる部屋だった。まるでどこかの雑誌で見た五つ星ホテルのラグジュアリールームのような雰囲気だ。広々とした部屋には重厚な造りの応接セットが設えてあり、冰は少しここでお待ちくださいと言われてソファを勧められた。
室内にしては珍しい木彫りの極細彫刻が施されたアーチ型の扉の向こうには、次の間があるらしい。李という男は軽いノックと共にそちらへと入っていった。周焔への取り次ぎの為であろう、少しすると李が戻って来て、お待たせ致しましたと告げた。
中で待っていた人物を目にするなり、冰は驚きに目を見開いてしまった。
墨色の、見るからに品の良さそうなダークスーツをまとった長身の男がゆっくりとした所作で大きなデスクから立ち上がる。整い過ぎたという以外に形容のし難い男前の顔立ちながら眼力は半端でない。一目で万人を虜にするような華やかな雰囲気は、まるでファッションモデルさながらだ。濡羽色の髪をゆるくバックにホールドしていて、背後にある一面ガラス張りの窓から差し込む午後の陽射しに照らされ、その黒がキラキラと光る。まごうことなく、それは幼き日に会った漆黒の男だった。
[周焔 だ。よく訪ねてくれた]
短くも心のこもったそのひと言を掛けられた瞬間、冰の心臓は跳ね上がった。理由もなくドキドキとし出し、思わず挨拶も忘れてその場で硬直してしまう。男を捉えたまま視線が外せずに、ポカンと大口を開けて立ち尽くしてしまっていた。
そんな様子を変に思ったのだろうか、周という漆黒の男が、今度は日本語で話し掛けてきた。
「どうした? 日本語の方がいいのか?」
李から事の次第を聞いた際に、冰と広東語でやり取りをしたことも聞いていたらしく、先ずは広東語でと思ったようだ。
「あ、いえ……すみません。広東語でも日本語でもどちらでも大丈夫です。雪吹冰です! 今日は突然お訪ねして申し訳ありません!」
ガバッと腰を折ると、慌てて自己紹介をした。
「そう畏 ることはねえ」
周はわずかに口角を上げると、冰にソファを勧めた。
「黄のじいさんが亡くなったそうだな。知らなかったとはいえ、葬儀にも出られずに不義理をしてすまなかった」
「いえ……! とんでもありません! 俺――いえ、私の方こそ周さんにはひとかたならぬお世話に与 りまして、何と御礼を申し上げても足りません!」
「――亡くなったのはいつだ」
「はい、ひと月ほど前です。その際に、周さんから多大なご支援をいただいていたことを聞きました。どうしても直に御礼を申し上げたくて押し掛けたご無礼をお許しください」
「いや。わざわざすまない。それにしてもお前さん、香港に住んでた割には随分と日本語が達者なんだな」
冰との今のやり取りでそう感じたのだろう、周は感心顔で言った。
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