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周焔編(氷川編)10

「恐縮です。じいちゃん……いえ、黄が日本人の多い学校に通わせてくれておりました。お陰で日本語を忘れずにすみました」 「そうだったのか。黄のじいさんはお前を大切に育てたんだな」  冰の丁寧な話し方や仕草ひとつを取ってみても、それが手に取るようだ。今時は日本人の若者でさえすんなりとは出てこないような言葉遣いにも感心させられる。周は俄然興味をそそられたかのように会話を続けた。 「わざわざ訪ねてくれたことに感謝する。それで――お前さんはいつまで日本に居られるんだ?」  当然、観光的な短期滞在だと思ったのだろう、周はそう訊いた。 「はい、あの――実は俺、当分日本に居ようと思いまして……。というより、日本で暮らせたらと考えています」 「ほう? こっちに頼れる親戚でもあるのか?」  周にとっては嬉しい驚きに思えたようだ。 「いえ――。親戚は……調べればいるとは思いますが、俺にはツテがありません。ですが、両親の生まれた国ですし、香港に帰ってもじいちゃんももうおりません。それに――周さんのいらっしゃる同じ日本の地で暮らしたいと思って……」  緊張の為か、冰は思ったままを口走ってしまったところで、ハタと口を押さえた。周がいるから日本で暮らしたいなどと言ってしまい、ヘンに思われたらいけないと気付けども、既に後の祭りだ。今までも散々援助を受けてきたというのに、まさか引き続き世話になりたい――などと受け取られたらどうしようと、一気に肝が冷える思いに陥ってしまった。  だが、周はまったく別の意で解釈したようだ。 「俺がいるから日本で暮らしたいってのか? 可愛いことを言う」 「え――ッ!? いえ、その……! せ、世話になりたいとか……そういう意味じゃありません! ただその……」 「何だよ」 「いえ……」  そこから先は言葉にならない。  確かに本心では周と同じ大地を踏んで暮らせるならと――そう思ったのは事実だ。別段この先も支援をして欲しいと思ったわけでは決してない。ただ、同じ大地を踏んで暮らしたいなどと口がすべってしまったことも、ある意味ではまずかったと思えたのだ。これではまるで周に特別な思いを寄せているかのようにも受け取れるではないか――。  冰は大きな瞳をパチパチとさせながら口籠もってしまった。 「あの……と、とにかく……両親の故国でもありますし、日本で一から生活するのもいいかなと思ってまして……その」  まるで挙動不審というくらいに上がりまくっている様子の冰に、周はフッと薄く笑むと、意外にも楽しげな視線を向けながらこう言った。 「――で、これからどうするつもりなんだ。こっちに住むというなら、引っ越しなんぞも済んでいるわけか?」 「えッ!? ああ、いえ、それはまだ……。日本には昨日着いたばかりでして。当分はホテルに滞在しながら職を探そうと思ってます。職さえ見つかればアパートも借りられると思いますし」  冰の説明に、周はわずか呆れたように瞳を見開いてみせた。

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