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周焔編(氷川編)16

 テーラーでの採寸が済むと、冰は周に連れられて近くのホテルにあるラウンジに来ていた。お茶をしがてら、今後の仕事内容についての打ち合わせをするらしい。それ自体は特に驚くでもないことだが、場所が普通ではなかった。  冰は日本のホテルについて詳しいわけではなかったが、訊かずとも名のある高級ホテルなのだろうことが分かる。案内されたラウンジも広々としたゴージャスな造りで、ウェイターなども黒服を着用しており、上客を相手にするまさにプロといった雰囲気に圧倒される。冰ははしたないと思いつつも、ついキョロキョロと周囲を見渡してしまうのをやめられなかった。 「好きなものを頼め。ちょうど三時のティータイムだ。ケーキでも頼んだらいい」 「あ、はい……。ありがとうございます」  ウェイターからメニュー表を渡されたが、どれもこれも目を疑うような価格に先ずは驚きを隠せない。何でも好きなものを頼めと言われても、一番安いコーヒーですら、冰の感覚からすれば桁違いだ。どうせ周が払うのだろうから、あまり高額なものは申し訳ない。そう思った冰はオーソドックスなブレンドコーヒーをウェイターへと告げた。 「お前、甘いものは苦手か?」  対面に腰掛けた周が身を乗り出しながら訊いてくる。 「えッ!? いえ、そういうわけでは……」 「だったらケーキはどうだ。ここのは美味いぞ」 「はぁ……どうも……」  何とも間の抜けた返答しか出てこない。 「じゃあお前も好きなのをひとつ選べ。俺のと交換しながら食えば両方の味を楽しめるぜ」  周は頼もしげに言って笑う。 「もしかして……周さんは甘いものがお好きなんですか?」  まさか周もケーキを食べるとは思わずに、ついそんな台詞が口をついて出てしまった。それこそ苦めのコーヒーが似合いそうな雰囲気だからだ。 「まあな。大好物ってわけでもねえが――食うぜ。俺の友人に甘味大魔王ってくらいの奴がいてな。そいつがここのケーキが大のお気に入りなんだ。付き合いで食う内に俺も気に入っちまったってところだ」 「……そうなんですか」  冰自身も甘いものは嫌いでないので、せっかく周が勧めてくれていることだしと思い、ホワイトチョコレートのシフォンケーキを注文することにした。真っ白なチョコレートが削られてケーキ全体に振りかけられているのがとても綺麗で美味しそうだったからだ。 「じゃあ俺はこれだ。ラズベリーのムースケーキってのを頼む」  周がウェイターに告げたのはピンク色がやさしい風味のムースの上にラズベリーの果実とソースが添えられているものだった。鮮やかな赤い果実がまるで宝石のような綺麗なデコレーションだ。 「ピッタリだな」  周の言葉に、冰は「え?」と不思議そうに彼を見つめた。

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