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周焔編(氷川編)20

 その後、李によって施設内の決まり事などの軽い説明を受けた。 「ご紹介します。こちらは真田さんです。お食事やお部屋のお掃除などの生活全般の手助けをさせていただきます」  紹介されたのは白髪が見事な初老の男だった。彼もまた、年齢はいっているが紳士的で、黒のタキシードのような服装の男だ。 「真田と申します。焔の坊ちゃまが生まれる以前からこちらのお邸でお世話になっております」 「雪吹冰です。どうぞよろしくお願い致します!」  坊ちゃまという形容がしっくりとこないが、周のことを言っているのだろう。彼が生まれる前からということは、かれこれ三十年以上にはなるということか。 「こちらの真田さんは執事のような役割を担われている方です」 「執事……さんですか」 「ええ。私や――先程テーラーで雪吹さんがお会いになった劉とはまた別に、主に社長がご自宅にいらっしゃる時にお手伝いさせていただくのが主です。仕事の面では私共が、普段の生活の面ではこちらの真田さんがお世話させていただいております」 「では早速お夕飯をご用意させていただきます」  真田は丁寧に頭を下げると、そう言って一旦下がっていった。 「ダイニングはこちらです」  李に案内されたのは冰の住むことになる部屋の中から通じている扉の向こうだった。やはり同じような豪勢な造りで、大きなテーブルを囲むようにいくつかの椅子が置かれている。 「平日の朝は七時にお朝食をご用意致します。週末の連休はブランチを兼ねて十一時頃からが通常です。昼食と夕食については、仕事の関係で外で取ることもありますので、その辺りは状況下となります」 「あ、はい……承知しました。それにしても――すごい部屋なんでびっくりしました……。こちらの社員さんは皆さんこんな贅沢な暮らしをされていらっしゃるんですか?」  思ったままが言葉に出てしまう。李はわずかに笑むと、冰にとっては首を傾げさせられるようなことを答えてよこした。 「社員全員がというわけではございません。ここは社長のごく近しい者しか立ち入れないようになっておりますので、一般の社員はこのフロアには来ません」 「え――?」 「この階には私や劉、それにもう数人の側近たちと先程の真田ら家令の者たちが住んでいるだけです。こちらの棟はここからすぐ下、五階ほどが社長のプライベートを兼ねた施設となっておりまして、それより下はすべて系列の子会社などが入っております。一般の社員たちは基本的に自宅からの通勤となりますので、実際のところ我が社に社員寮というものは存在しません」 「えッ!? それじゃあ……どうして」  冰は何故自分には住まいが与えられて、側近のような上層部しか入れないような場所に通されているのだろうと驚き顔だ。 「社長のご要望で、雪吹さんにはこちらにお住まいいただくことになりました」 「要望って……周さんの……ですか?」 「ええ。雪吹さんにしていただくお仕事は社長の秘書ですので」 「秘書……ッ!? 俺が……ですか?」  冰はあまりの驚きにポカンと口を開いたまま硬直してしまった。

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