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周焔編(氷川編)21
「勝手ながら先程、社長からの命で雪吹さんのお泊まりになっていたホテルからお荷物も引き上げて参りました。突然のことで驚かれることも多いかと存じますが、どうかこちらでの生活に慣れていただけるよう願っております」
「いえ、その……はぁ……」
「後程また社長からもお話があるかと思いますが――」
李はそう前置きをすると、ダイニングから繋がる冰の部屋とは反対側の壁面にある扉を指差しながらこう言った。
「ちなみに――あちらの扉の向こうは社長の私室となっております。お食事の際は社長もこのダイニングでお取りになりますので、朝は雪吹さんとご一緒ということになります」
「え――ッ!?」
つまりはこのダイニングを挟んで、あの周と隣の部屋ということらしい。朝から食事も一緒となると、これではほぼ一緒に住むようなものということになる。
「あの、李さんたちも……お食事とか、その……ここでご一緒なんですよね?」
これだけ広いテーブルだ。椅子も数脚用意されている。当然、側近の皆も一緒なのだろうと思ったのだ。ところが、どうやら違うようだ。
「私共はまた別室で取らせていただいてます。こちらのダイニングは社長と雪吹さんお二人の専用となりますので、気兼ねなくお寛ぎいただけると存じます」
「二人って……どうして……」
周とは会ってまだ数時間だ。何故こうまでの待遇をしてもらえるのか、冰には不思議を通り越してもはや頭がこんがらがりそうだった。
「私の口から申し上げてよいのか分かりませんが――社長はこれまでもずっと雪吹さんのことをお気に掛けておいででした」
李の話によれば、この部屋も元々は冰の為に用意されていたものだったというのだ。
十二年前、周が冰を救い出してからこの方、ずっと資金面での援助を続けてきたわけなのだが、彼が日本で起業するようになってからもそれは変わらなかった。周は冰らの住む香港の地を後にしてからも、いつか冰と再会する機会もあろうと思い、万が一そんな日が来たのなら共に住まんと思い描いていたのだそうだ。
だが、冰は香港暮らしである。日本に来ることなどおおよそないことだろうが、例えば育ての親である黄老人が他界した後、冰が生活に困るようであれば自らの元に呼ぼうと考えていたらしい。あの頃、既に高齢だった黄老人だ。仮にし、まだ冰が未成年の間に老人が亡くなったりすることがあれば、周自らが冰を引き取って育てようと――そう思っていたそうだ。
幸いにして黄老人は冰が修業するまでは存命であったが、周にはいつでも冰を引き取れる準備があったのだという。
李からの話を聞いて、冰は驚いた。
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