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周焔編(氷川編)22
「有り難いことに雪吹さんは自ら周社長を訪ねてくださいました。黄大人 がお亡くなりになったことを存じ上げなかったのは私共の手落ちですが、これまでの間にも社長は事ある毎に香港のご家族に黄大人と雪吹さんのご様子をうかがっていらっしゃいました。ずっと気に掛けていらっしゃったのです」
「そんな……周さん……が?」
「ええ。ですから、今回雪吹さんの方からお訪ねくださったことは社長にとってどれほど嬉しいことだったかと思います。雪吹さんにはお住まいやお仕事など、半ば強引にお感じになられたかも知れません。急なことの連続で戸惑われることも多いかと存じますが――社長のお気持ちをご理解くださると有り難く思います」
丁寧に一礼した李に、冰は驚きながらもとんでもないといったふうにブンブンと首を横に振ってみせた。
「そんな……こちらこそ、周さんがそんなふうに考えてくださっていたなんて……本当に何と言っていいか……有り難くて言葉もありません」
冰は涙が滲む思いでいた。まさかあの周がそんなにまで気に掛けてくれていただなんて――。しばらくは立ち尽くしたまま、感動でどうにもならないほどであった。
「さあ、お夕飯の支度が整ったようでございます。社長は今夜はそれほど遅くはならないと思いますが、明日にはまたお朝食の時にお顔を合わせられると思いますので、お夕飯が済みましたら雪吹さんはごゆっくりお疲れを取ってください」
「あ……りがとうございます……!」
冰は感激の涙を拭うと、李に案内されてダイニングの席についた。そして、黄老人を彷彿とさせるようなやさしい真田の微笑みに誘われながら夕飯を済ませたのだった。
その後、風呂をもらい用意されていた寝巻きに着替えると、冰は大きなパノラマの窓際に立ち、階下の景色を眺めていた。
今日一日のことが夢のようである。
「あの周さんが――俺なんかの為にこんなにまで……」
部屋の豪華さはむろんのこと、クローゼットには既に数着の服が用意されていたのにも驚かされた。李の説明では急遽用意したので誂えが間に合わずに店頭で買い揃えたものばかりだそうだが、サイズなどは冰の体型に合うように選んだとのことだった。服だけではなく、靴まで二足ほどが用意されていた。
おそらくは午後から周と共にテーラーやお茶に出掛けている間に李が用意してくれたのだろう。靴のサイズなどは冰が泊まっていたホテルから荷物を引き上げる際に確認してくれたのだそうだ。李からは勝手に荷物を覗いて申し訳ないと謝罪を受けたが、冰からすれば有り難くこそあれ、謝られるなどとんでもないと言いたいところである。足りないものは社長が追々一緒に選ばれるでしょうからと李は言っていたが、これ以上世話になるのは言語道断と冰は思っていた。
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