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周焔編(氷川編)23

「はぁ……九時かぁ。周さん、何時頃帰って来るんだろ」  カーテンを引いてベッドにダイブしてみたものの、すぐには眠れそうもない。 「なぁ、じいちゃん。俺、ほんとにこれでいいのかな……。周さんの側に居られるのはすげえ嬉しいし、仕事も住むところも用意してもらって有り難いことこの上ないんだけどさ」  黄老人が生きていたら何というだろうか――冰はぼんやりとそんなことを考えながら、しばらくぼうっと天上を眺めていた。 「――にしてもカッコ良かったなぁ、周さん。俺がガキん頃に見た印象のまんまっていうか、もっといい男になってたって感じだし。あんなすげえ人の側にいられるなんて夢のまた夢っつーかさ……」  周と過ごした今日一日のことが頭の中に蘇る。堂々とした体格、ケチのつけようがないほどに整った顔立ち、幼き日に見た印象そのままの圧倒されるようなオーラ。そして忘れられないほどに鮮やかな濡羽色の髪と黒曜石のように光る眼力を讃えた瞳。おいそれとは近寄れない雰囲気は相変わらずだが、その反面か、ふとした瞬間に見せる笑顔にドキりとさせられてしまう。それに、きちんと視線を合わせながら話を聞いてくれるのは今も昔もまったく同じだ。十二年前と変わらぬ漆黒の男はあの日のままに自分と向き合ってくれた。  そんな周が自分の為にとこうして用意までしてくれていたというこの部屋――だ。  黄老人が他界した際に冰がまだ子供だったなら、引き取って育ててくれようとまで考えてくれていた。もしも今日、こうして訪ねることがなかったとしても、変わらずにずっとこの部屋を空けたまま待っていてくれたというのだろうか。一度として絶やすことなく続けてくれていた多額の援助にしてもそうだが、こうまで気に掛けてくれるのは何故なのだろう。冰は周がここまでしてくれる自分が夢のようというか、自分でないような不思議な感覚を覚えるのだった。 「周さん……。寝ちまう前にもっかい顔見てえな……。あの人の部屋、ダイニングを挟んだ隣なんだよな? 会いに行きてえな……。周……さん」  そんなことをつぶやきながらうつらうつらとし、いつの間にか眠りに落ちていったのだった。 ◇    ◇    ◇  翌朝、冰は李から聞いていた朝食の時間よりもはるかに早く目を覚ましていた。まだ朝の六時前だったが、冰は香港から持参してきた普段着を選んでとりあえず着替えると、ダイニングへと向かった。昨夜紹介された真田は既に朝食の準備を行っているようで、冰は彼を見つけるとすぐに声を掛けた。 「おはようございます。昨夜はお世話になりました」 「おや、雪吹様。お早うございますな。よくおやすみになられましたでしょうか」 「はい、お陰様で。あの……それで、何か俺にお手伝いできることがあったらと思いまして」  冰は朝食の為の皿を並べたりなど、自分にもできることがあればと早めに起きてきたのだ。真田は驚いたように目を見張ってしまった。

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