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漆黒の人62

 一方の冰は、黙ったまま皆の話をキョロキョロと視線で追いながらも、昨夜周と結ばれたことを話題にされているのだと知り、気恥ずかしそうに頬を染めている。 「一之宮様のおっしゃる通りでございます。お陰様で我が家の坊ちゃまにも春が訪れたのでございますよ」  お茶を出し終えた真田までもがそんなふうに言うものだから、周にとってはますますもって窮地到来、なんともバツが悪い。ドッと笑いが起こり、ダイニングには朗らかな笑顔の花が咲いたのだった。 「皆様、お時間もちょうど良うございますし――お茶がお済みになったら、そろそろお夕食をご用意させていただきましょう」  その日の周家の夕卓は、真田が用意していた大きなもみの木にデコレートされたクリスマスツリーの登場で始まった。そろそろこのダイニングにも季節の模様替えと称して家令の者たちが飾り付けていたのがちょうど出来上がったらしい。主人の友人たちも来ていることだしと、少し早いが食卓の方もクリスマスのメニューが並ぶこととなった。  フレンチをベースにしたフルコースの他に、グリルされたチキンはシェフがその場で取り分けてくれるという贅沢なもてなしだ。食事を終えてデザートが出される頃には、見事なほどの銀の燭台に幾本ものキャンドルが点されて、部屋の灯りが落とされる。  窓の外には大都会の街並みが、まるで宝石のようにキラキラと煌めいていた。そのすべてが見事に調和していて、まさに絶景である。親しい者同士の楽しい会話に笑い声、真田らの隅々まで行き届いた温かい気遣い、そして愛する周の隣に居られるこの幸せが冰にとっては怖いくらいだった。 「まさに祝い膳といったところか」  あまり多くをしゃべらない鐘崎が遠慮のない感想を述べると、またしても卓は賑やかな笑いに包まれる。 「今日は散々ご馳走になっちまったからな。お前らにも春が訪れたというし、俺らも何か祝いをせにゃならんな。香港では存分にもてなしをさせてもらおう」  好きな料理や行きたいレストラン、欲しい物があれば考えておけと言う鐘崎に、周は隣の席で大人しく座っている冰を抱き寄せると、 「――だそうだ。冰、お前さんの食いたいものでも行きたい所でも遠慮なく言いつけていいぞ?」  ニヤリと不敵に口角を上げて笑うのだった。 漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)- FIN -
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