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年の瀬
年の瀬を迎え、新年まで残すところ数日となった。
周の社も年末年始の連休に入り、冰は愛する男と共にのんびりとした朝のブランチを楽しんでいた。すると、そこへ食後の茶を淹れに来た真田がにこやかに話し掛けてきた。
「今日は午後から新年の飾り付けを行うんですよ。冰さんは日本のお正月は初めてでございますな」
これまでは『雪吹様』と少々畏まった呼び方をしていた真田だが、冰自身の希望もあって、ここ最近では『冰さん』になっている。すっかり周家の人々とも馴染んで、こうした日々の何気ない一瞬一瞬に穏やかな幸せを感じていた。
「お正月にはお餅を飾るんですよね? あの丸い雪だるまみたいな形のでしたっけ?」
「はは、そうですそうです! 鏡餅でございますな。お餅の上に橙を乗せたり、四方紅を飾ったりしますので雅でございますよ。社屋の玄関には門松なども設置致しますし、日本での初めてのお正月を楽しんでくださればと思います」
「うわぁ、門松ですか! テレビや雑誌で見たことはあるけど、実物を見るのは初めてです!」
冰が瞳を輝かせる傍らで、周が茶をすすりながら言った。
「門松や橙なんかの飾りは毎年カネのヤツが調達してくれるんでな。午後からあいつらもここに来るから、俺らも一緒に飾り付けをするか」
いつもなら真田ら家令に任せきりなのだが、今年は冰にも珍しいものを見せてやれるしと、周も乗り気のようだ。
「わぁ、楽しみだなぁ。俺が小さい頃、両親が部屋にその鏡餅っていうのを飾ってたのをうっすら覚えてるんだ。可愛いから手に取って遊んでたらお母さんに叱られちゃってね。それだけははっきり覚えてる」
冰は恥ずかしそうに苦笑している。
「――なるほど、それで雪だるまか」
幼かった冰には鏡餅の形が雪だるまに見えたのだろうと想像すると、いかにも子供の考えそうなことだと思う。小さな手で一生懸命に触ろうとしている姿が目に浮かぶわけか、周の口元は自然とゆるむのだった。
「じゃあ今年はお前も一緒に飾り付けをすりゃいい」
「いいの?」
やったー! という勢いでパッと目を輝かせる様子も、周にとっては堪らなく可愛いと思えるのだった。
午後になると鐘崎が紫月と共に正月飾り一式を持ってやって来た。今日は二人きりではなく、他に三人ほどの男たちも一緒だ。
一人は真田と同じ年くらいの初老の男で、名を藤堂源次郎といった。彼もまた、真田同様で、鐘崎家の一切を取り仕切っている家令らしい。他の二人は鐘崎らと同い年くらいだろうか、若くて体格も立派な、見るからに頼もしそうな男たちである。源次郎の指示で門松などの大きなものを手際よく運び入れてくれる。彼らは鐘崎の組の若い衆とのことだった。
「さて、社の方は済んだな。冰、お待ちかねの”雪だるま”を飾りに行くぞ」
「うん!」
子供の頃に見た可愛い雪だるまを想像していた冰は、ダイニングに飾る鏡餅を見た瞬間、想像していたものより遥かに大きく立派なのに驚かされてしまった。
「うわ……! 大きい……」
餅は一つでもずっしりと重く、危なっかしい手つきながらも、周に手伝ってもらってようやくと持ち上げられるくらいだった。
「ほら、気の済むまで触っていいぞ」
ニヤりとしながら周に言われて、思わず頬が染まる。
「そ、それどころじゃないよー。なんかすごい神聖な感じで、触るのも怖いくらいだもん」
こんなに立派なものを落とさないようにしなければと、それだけで精一杯である。ハラハラとしながらも真剣な顔付きで設置している。周にとってはそんな姿も実に可愛いらしく思えるものであった。
「ほら、橙はお前が乗せろ」
「いいの?」
「それとも二人で一緒に乗せるか?」
なんだか結婚披露宴のケーキ入刀を思い浮かべてしまうようなことを言われて、冰はポッと頬を染めながらもコクリとうなずいた。
「この橙もすごく大きくて立派なんだねー。葉っぱまでついてる! 向きはこっちでいいの?」
一つ一つ隣に立つ周に確認しながら慎重に飾る様子は真剣そのものだ。
「冰君ってば、ほんとに可愛いんだから!」
「冰さん、お上手ですよ」
紫月や真田らにも見守られる中、周の大きな手に添えられながら立派な橙を鏡餅の天辺にそっと供え付ける。
「よし、完成だ。幸先のいい年になるな」
無事に鏡餅を飾り終えると同時に周からクシャクシャっと頭を撫でられて、またしても頬が染まる。冰にとっては見るものすべてが珍しく、ひとしきり行事を楽しむことができた年の瀬であった。
年の瀬 - FIN -
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