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男たちの姫始め1

 香港からやって来た冰にとっては、日本で初めてとなる年の瀬である。  年始を迎えるに当たって一通りの飾り付けが済んだ後、皆は周家の応接室へと移動してティータイムを楽しんでいた。  この応接室は、周と冰が普段使っているダイニングとは廊下を挟んだ向かい側にある。客人の数によって使い分けられるようにと、大・中・小の三タイプがあり、今日はその内の”中”に当たる部屋に通されていた。室内の装飾は、大正浪漫を思わせるレトロな趣だ。  鐘崎が連れてきた源次郎と若い衆、そして紫月と冰の五人は部屋の中央に置かれた応接セットのテーブルを囲んで、それぞれ自己紹介がてら和気藹々とおしゃべりに花を咲かせていた。この日の茶菓子は純和風で、正月情緒がたっぷりの上生菓子がもてなされている。 「冰君、和菓子は珍しいんじゃねえか?」  紫月が問えば、冰も瞳を輝かせながらうなずいてみせる。 「はい! この前、京都の八ツ橋っていうのを初めて食べたんですが、とっても美味しかったです。今日のお菓子はまた初めて見るものばかりですが、すごい綺麗でビックリです!」  新春にふさわしい梅や椿など、和花を象った色鮮やかな菓子に目を見張る。 「これ、外側が餡子みたいだけど……中身は何だろう。どうやったらこんな綺麗な形のが作れるのかなぁ……」  冰がしきじき眺めていると、一番の年長者である源次郎が言った。 「梅の形のそれは練り切りといってね、おそらく中身まですべてが餡子だと思いますよ」 「……! そうなんですか。色もピンクでとっても綺麗ですね!」  餡子といえば黒か茶色を想像してしまうわけか、興味津々といった表情で源次郎の話に耳を傾けている。 「白餡をベースにして作られているんですね。こっちは求肥(ぎゅうひ)。ちょっとモチモチッとした食感が八ツ橋と似ているね」 「うわぁ、どれも美味しそうで迷っちゃいますね」 「雪吹さんは香港でお育ちになられたんでしたね?」 「はい、そうなんです。ですからこんな綺麗な和菓子を見るのは初めてで……」  感動がそのまま表情に出ているといった冰に、源次郎も瞳を細めながら微笑ましい思いでその様子を眺めていた。 「香港で餡子といったら月餅(げっぺい)が有名だよな? 冰君は食べたことあるだろ?」  鐘崎と共に何度か香港を訪れている紫月は、ご当地で食べた月餅が印象に残っているようだ。 「はい、月餅はじいちゃんが好きだったんで、俺もよく食べてました」 「そっかー! 俺、あれ好きなんだよな。それこそ真っ黒い艶のある餡子にクルミが入っててさ。濃厚な味が堪らなく美味いんだよ」  そこへ茶を持って真田がやって来た。 「今日は和菓子に合わせてお抹茶に致しましたよ」  冰にとってはこれまた珍しい大きな茶碗に緑色が鮮やかな薄茶がふるまわれて、またひとたび話に花が咲く。  そんな一同とは少し離れた席で、周と鐘崎にはコーヒーがもてなされていた。紫月らとは違って、甘いものは殆ど口にしない鐘崎の嗜好を心得ている真田の気遣いである。 「ところで、正月の予定はどうなんだ」  ワイワイと楽しそうな紫月らの席を横目にしながら鐘崎が問う。 「俺のところは晦日(みそか)から二泊で温泉に行って来ようと思ってな。冰にとっちゃ初めての日本での正月だし、雪を見せてやりてえんだ」 「なるほど。香港じゃ雪は見られねえからな」  鐘崎自身も仕事柄香港にはしょっちゅう行っているので、理解が深い。 「雪深い温泉宿を取ったんだ。真田や李らも一緒に行くことになってる。お前の方はどうなんだ」 「――奇遇だが、俺も紫月を連れて源さんたちと温泉の予定だ」 「なんだ、お前ンところもか」 「毎年正月は初詣に出掛けるくらいで、特別なことはしてなかったからな。たまにはいいかと思ってよ」  鐘崎と紫月は幼馴染みだから、普段も正月もなくしょっちゅう行き来している間柄なのだが、互いに想いを打ち明け合ったのは意外にもここ近年のことだった。つまり、恋人として一緒にどこかへ出掛けたりする正月というのは実に二度目のことなのだ。 「去年は京都の老舗宿で迎えたからな。今年は雪見しながら温泉がいいっていう紫月の希望だ」 「そうか。じゃ、お互い楽しんでくるとしよう」  そんな周と鐘崎だが、まさかこの二日後に別々に出掛けた温泉地の宿で再び顔を合わせることになろうとは、この時は想像していなかった。 ◇    ◇    ◇

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