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男たちの姫始め2

 そして晦日の日――。  周は冰と真田らと共に新幹線で温泉地へと向かった。車でもよかったのだが、冰に新幹線を体験させてやりたかったのもあって、今回は列車の旅を選んだのだ。  午後の二時を回った頃、宿に着いてチェックインをしていると、見知った顔ぶれと鉢合わせて驚かされるハメとなった。 「――なんだ、てめえもここだったのか……?」 「そりゃ、こっちのセリフだぜ」  周と鐘崎は苦虫を噛み潰したような表情で一瞬ポカンと硬直状態に陥ったが、冰や紫月は大喜びである。 「冰君ー! まさか一緒の宿とはね! すげえな、俺ら! めちゃくちゃ縁があるじゃん」 「紫月さん! ほんとですね、ご一緒できて嬉しさ倍増です!」  思い掛けない偶然に二人は手を取り合ってはしゃいでいる。真田も源次郎も普段から付き合いがあるので、一緒に大浴場の温泉を楽しもうと入浴時間まで打ち合わせて、早々と盛り上がっていた。  そんな一同を横目にしながら、周と鐘崎の大黒柱二人はやれやれと苦笑させられるのだった。 「おい、カネ――。てめえらの部屋はどこだ」 「紫雲の間だ。最上階の東の端だそうだ」  そう聞いて、周は手元のパンフレットを広げながら館内の見取図を確かめる。 「俺らは昇龍の間か――」  間取りは鐘崎らと同じだが、最上階の西の端と知ってホッと胸を撫で下ろす。 「これなら安心だな」  周が独りごちる傍らで、鐘崎が面白そうに口角を上げた。 「なんだ、てめえ。部屋が離れてると何か都合のいいことでもあるのか?」  ニヤッと人の悪い笑みまで浮かべるオマケ付きだ。 「そりゃ、まあな。俺は隣同士でも一向に構わんが、冰が気にするだろうと思ってよ」 「――何の話だ。部屋が近え方が紫月と冰は喜ぶんじゃねえのか?」  ここ数回の行き来で、すっかり打ち解けた紫月と冰だ。どうせ夕方からの宴会も一緒にしようなどと言い出すに決まっている。 「俺が言ってるのはその後の話だ。冰はあれでも恥ずかしがり屋なところがあるんでな」 「ほう――そっちの心配か」  いわゆる”夜の営み”のことを言っているのが分かっていて、わざと大袈裟に納得してみせる鐘崎である。 「なんせ姫始めだからな。壁一枚に遠慮してるんじゃ情緒がねえってもんだろうが」 「――姫始めね。俺は姫晦日と、それに姫大晦日も楽しむつもりだがな」 「……姫晦日だ? おかしな造語を作りやがる――」  周は眉根を寄せて怪訝そうに鐘崎を見やった。聞き慣れない言葉ながらも、言わんとしている意味だけは瞬時に理解できてしまい、思わぬところで対抗心に火が点いてしまったからだ。 「は――、スケベ野郎が。まあ――こっちは予定通り姫始めを楽しみに待つことにするさ。俺は姫との睦みを”大晦日”にするつもりはねえからな」  周はこれみよがしにそう言って、ニヤニヤと笑ってみせた。  鐘崎の言うところの姫晦日とは単に暦の上でのことであって、そういった営みを晦日――つまり”最後”にするという意味ではない。それがよくよく分かっていながら、わざと意地悪く捩ってやったわけだ。当然のごとく連日挑むつもりでいるらしい鐘崎の根性に、一歩引けを取った気にさせられてしまった周としては、つい嫌味のひとつも繰り出さずにはいられないというところなのだ。  それを受けて、今度は鐘崎の反撃の始まりである。 「は――! ガキの勝負じゃあるめえに。俺が言ってんのは”姫納め”のことだ」  分かっていやがるくせに――と、鐘崎の方もチッと舌打ちせずにはいられない。いつもは寡黙で硬派なイメージの彼にしては、珍しくも”してやられた”とばかりに片眉をしかめて悔しがっている。  そんな様子を横目に、一本取り返したことで気分を上げたわけか、 「ま、せいぜい励めよ?」  ニヤッと笑いながら、その実、自らも着々と”姫晦日”の予定を脳裏に組み込む周であった。むろんのこと、暦の上での晦日なのは言うまでもない。 「白龍ー、チェックインが済んだって」  そこへ話題の姫たちが揃ってやって来た。 「おう、そうか。じゃ、姫。早速参るぞ」 「姫って……何?」 「深い意味はねえ。こういう場所だし情緒があるだろ?」 「ええー? 何それ」  クスクスと笑いながらも、 「じゃあ、紫月さん、鐘崎さん、また後ほど」  ぺこりと頭を下げて、冰は朗らかな笑顔で手を振った。そんな彼の肩に機嫌の良く腕を回して部屋へと向かう周の後ろ姿を眺めながら、 「――紫月、今夜は寝かさねえぞ」 「……は? いったい何の話だ?」 「男の沽券に関わる話だ。遅れを取るわけにはいかねえ」  鼻息まで荒くしながら、いつも以上に低くドスの効いたバリトンボイスで気合いを入れる。まったくもって稚拙この上ないことだが、当人たちにとっては至極真面目な――まさに極道同士の恋事情なのであった。 男たちの姫始め - FIN -

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