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鐘崎編7

 それから半月ほどが過ぎた頃。  怪我を負った橘という組員も無事に退院し、一之宮道場にも平穏な日々が戻ってきた――そんなある日のことだった。  クリスマスを間近に控えた週末のことだ。紫月は父親の飛燕と綾乃木と共に昼食を済ませた後、午後からの稽古の準備かたがた道場へと向かった。今日は今年最後となる小中学生らの剣道を見る日である。竹刀や胴着など備品の出し入れを済ませ、一段落ついたところで午後の日射しが暖かな縁側で一息ついていると綾乃木がやってきた。 「おう! もう準備してくれたのか。一人でやらせちまって悪かったな」 「いえ。綾さんこそお疲れ様です」  綾乃木は紫月の隣に腰掛けると、『ほら』と言って温かいほうじ茶のペットボトルを差し出した。 「すんません、いただきます」 「今日はいい天気だな。もう冬至か――。早いもんだな」 「そうッスね」 「ところで鐘崎ンところの遼二坊だが、また見合いの申し出を断ったって聞いたが――」 「……そうなんスか?」 「何だ、お前さんは知らなかったのか? 遼二坊とはしょっちゅう行き来してるんだろ?」 「ええ、まあ。けど、あいつ……そういうことは全然言わねえもんで」 「ふぅん、そうなのか。何でも今年に入って五回かそこら見合いの話があったらしいが、片っ端から断っちまってるらしいぞ? 写真すら見ねえ内に即却下するんだとかって、若い衆らが騒いでたわ」 「五回って……そんなに?」 「相手は殆どが何処かの組長の娘だって話だが、またえらく気に入られたもんだ」  ほとほと感心顔で言う。綾乃木からもらったほうじ茶を口にしながら、紫月は言葉少なに苦笑した。 「まあ……ヤツの親父さんは裏の世界では右に出る者がいねえってくらいの人ですから。本人も昔っから女にはよくモテてましたし、姐になりてえって娘はたくさんいるんでしょう」  ありきたりの言葉を並べながらも内心で重い溜め息を漏らす。そんな紫月を横目に、綾乃木もまたやれやれと肩をすくめるのだった。 「俺が口出しする義理じゃねえが――お前さんらの気持ちはどうなんだって訊きたくもなるわな」 「どうって……言われましても」  二人が密かに想い合っていることを、綾乃木には気付かれているのだろう。 「何を躊躇してるのか――分からねえでもねえがな。遼二坊もお前さんも――素直になっちまえばいいのに。……って、俺が焦れたところでどうにかなるってもんでもねえが」 「……綾さん」 「ま、他人様(ひとさま)の恋路だ。あんまり節介なことは言いたかねえが、お前さんらを見てると……どうも焦れったくなっちまうのも本当のところでな」  残っていたペットボトルの茶をグビリと飲み干すと、 「あんまり一人で抱え込むなよ? 俺なんぞでよけりゃ、いつでも話を聞くくらいはできるからな」  綾乃木は笑いながら紫月の肩をポンポンと撫でたのだった。 ◇    ◇    ◇

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