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鐘崎編8

 同じ頃――鐘崎の方は公私共に付き合いの深い友人の周焔白龍(ジォウ イェン バイロン)の元を訪ねていた。彼は香港マフィアの頭領の次男坊だが、母親が妾であり、日本人女性である。  生まれも育ちも香港で、本来はファミリーを継ぐ立場にあるのだが、香港には本妻の息子である周風黒龍がいる。周にとっては異母兄にあたるわけだが、ファミリーの中に後継となる男子が二人となると、周囲からは様々な思惑があるのは否めない事実らしい。後継争いを望まなかった彼は、実母の祖国であるこの日本で起業し、資金源などの面で陰ながらファミリーの役に立たんとしているわけだった。  そんな周と鐘崎は物心ついた時からの幼馴染みのようなものだ。  鐘崎の父親も裏社会に生きる凄腕の男である。しかもその活動の場は日本のみならず、香港や台湾といったアジア各国に及ぶことから、当然周ファミリーとも懇意の間柄だった。同い年だった二人は、周が高校の時に留学生としてやってきた学園で、偶然にも同じクラスになったことをきっかけに、いつしか互いに信頼を置くようになっていった。  学園では鐘崎の幼馴染みである一之宮紫月とも意気投合し、よく三人でツルんだものだ。周はマフィアのファミリーである素性を隠して留学していた為、名前も氷川白夜(ひかわ びゃくや)という日本名を使っていた。”氷川”というのは彼の実母の性である。  以来、鐘崎も紫月も周のことを『氷川』と呼ぶのが通常となっていた。  汐留にある周の社屋で経済のことや世界情勢などについて世間話をした後、彼の方から切り出した。 「ところでお前の方はどうなんだ」 「どうって、何がだ」  まあ、わざわざ訊かずとも周の言いたいことは分かっていたが、あえて話を濁す。 「聞いたぜ。また見合いの申し出を断ったそうじゃねえか」  やはりそのことか。 「うちの真田とお前んところの源次郎(げんじろう)さんだったか、二人は案外懇意にしてるようだからな。噂が耳に入るのも早えってわけだ」 「源さんが喋ったのか」 「そういう話ってのはある意味デリケートと言えなくもねえからな。断るのには多少なりと気を遣うだろう。源次郎さんも役目とはいえご苦労なことだ」  源次郎というのは鐘崎の父親がこの世界に入った頃からの腹心といえる人物だった。年齢的には周のところの真田と同じくらいで、現在は主に鐘崎家の家令的な役割を担っている。腹心としての現役は引退したような形ではあるが、海外を飛び回ることの多い鐘崎の父親に代わって、組の面倒を見てくれている有り難い存在でもあった。 「まあ、源さんには昔っからうちの台所を預けてるからな。俺の気の回らねえところまで事細かに見ててくれるのは有り難えと思ってる」  台所とは、主には資産などの管理から組全体を把握し、円滑に動かしていく役目のことだ。むろん、衣食住の”食の方の台所”でも組員の栄養面なども含めて調理人らに指示を出すことも源次郎の仕事であった。

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