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鐘崎編38

 そして縁もたけなわ、フルコースの料理がデザートへと移る頃――お色直しのタキシード姿に着替えた鐘崎と紫月の二人によるケーキ入刀の儀式が行われることとなった。  本来であれば、披露宴の始まりを告げる乾杯の発声の前に成されるべきものであるが、その場で二人が切り分けたケーキをゲストたちに振る舞いたいというたっての希望で、順序を入れ替えたわけだ。  担当のキャプテンから入刀用のナイフを受け取った鐘崎は、紫月の手を添えて二人でそれを持った瞬間に、思わず熱くなってしまった目頭を押さえた。  まだ想いを告げ合う前の昨年暮れのクリスマスには、例え疑似でもいいと入刀の真似事を試みた鐘崎だったが、夢にまで見た本番を迎えることができた今この時に、万感あふれる思いだったのだろう。まさに男泣きといえるその姿に、会場内も涙を誘われる。普段ならばどんな険しい事態が起ころうとも、無表情を崩さず決して涙など見せることのなかった鐘崎が男泣きするそのさまからは、彼がどれほどこの日を待ち望んでいたかがよくよく窺われる場面といえた。  そんな鐘崎を隣で誇らしげに見守る紫月にも、組の若頭を支える姐としての度量が充分にうかがえる。当人たちはむろんのこと、参列者にとっても心温まる素晴らしい宴であった。  無事に披露宴が済んだ後のロビーでは、タキシード姿の鐘崎と紫月が会場の出口に設られた金屏風の前でゲストを見送っていた。 「おめでとう! いい式だった」  幸せになと言って鐘崎の肩を叩いたのは周の兄の風黒龍だ。彼の隣には婚約者の高美紅が美しい面立ちにやわらかな笑みを讃えて微笑んでいる。 「次は俺たちの披露宴だからな。遼二も紫月も是非出席してくれよ!」  そう、周の兄の結婚式は三ヶ月後の五月に行われることが決まっているのである。 「ありがとうございます! 周焔と共に俺たちも楽しみに伺わせていただきます!」  香港マフィア頭領の次代継承者である周風黒龍の結婚式だ。それこそ盛大に行われるであろう。嬉しい想像を膨らませながら固い握手を交わし合う風と鐘崎であった。 「俺たちの後は白龍、お前の連れ合いだな!」  楽しみにしているぞと言う兄に、周も照れ臭そうにうなずいてみせる。 「兄貴も言ってくれるぜ! あんまり期待されても荷が重いってもんだが……まあ、カネと一之宮、それに兄貴と義姉さんに負けねえような伴侶を紹介できるよう励むぜ!」  ドンと胸板を叩いておどける様子に、周囲からはドッと囃し立てる歓声が上がる。今はまだ誰も、そう――周本人すら知らないが、そんな嬉しい報告ができる日は刻一刻と近づいている。これから二年足らずの後、周にとっての唯一無二となる愛しい相手は、秋のやわらかな陽射しと共にやってくるのだった。  天高きドームの窓を黄金色に染める光は燦々として、幸せな一同を包み込む。まさに春爛漫、幸福の時であった。 鐘崎編 - FIN -

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