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厄介な依頼人17
「ま、いいじゃねえか! 亭主の愛情の方が深えってのは誇れることだ」
「そう思っておくとするか」
肘で突き合いながら笑ったところで、中庭ではしゃぐ”嫁”たちの姿が視界に飛び込んできて歩をとめた。若い衆を手伝いながら、バーベキューのセットを組み立てたり縁側から取り皿や料理を運び出したりしている。時折、シェパードたちともじゃれ合いながら朗らかな笑顔を見せている。
「――ったく、可愛い――という他に上手い言い方が見つからねえ。たまにてめえの語彙力のなさが情けなくなるぜ」
「いいじゃねえか。可愛いモンは可愛いんだ」
それぞれの伴侶を見つめながら愛しげに瞳を細めて頬をゆるめる。傍に寄って一緒にワイワイとやりたい反面、ずっとこうして見つめているのもまた醍醐味といえる。周と鐘崎はしばしそうして遠巻きに愛しい者たちの一挙手一投足を堪能していた。
「俺もお前もあの笑顔を曇らせることだけは――したくねえな」
「同感だ。お前の言うように器がデカくて、できた嫁だが、紫月も冰も人の悪意には鈍感なところがあるからな。思いやりが深いが故に傷付くようなことがあっちゃならねえ。俺らが目を光らせて、いつでも、いつまでもあの笑顔を絶やさねえでやりてえ。その為にはどんなことだってするさ――」
時に他所様に対しては、冷たかろうが薄情だろうが、譲れないものがある。ましてや、愛しい者に危険が及ぼうものなら鬼にも修羅にもなるだろう。
互いの会話というよりは自分自身に言い聞かせるように二人はそうつぶやくと、愛しい伴侶の元へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
それからしばらくは何事もなくひと月余りが過ぎた。例の娘からも特には連絡もなく、鐘崎も――そして幹部の清水もすっかりとそのことを忘れかけていた頃だ。
大財閥の御曹司であり、鐘崎それに周焔とも幼い頃からの顔見知りである粟津帝斗から気になる連絡が入ったのは、晩夏を告げる虫の鳴き声が聞こえ始めた頃だった。
それは珍しくも帝斗からかかってきた一本の電話によってもたらされた。
「粟津か。お前が電話してくるなんて、どういう風の吹き回しだ? そういや華道展以来だな」
親しげな微笑と共にそう言った鐘崎を驚かせたのはその直後だ。
「本当は電話なんかじゃなく直接お前さんを訪ねようかとも思ったんだがね。ちょっと急ぎ耳に入れておいた方がいいと電話にさせてもらったんだ」
「急用ってことか?」
「ああ、まあな。三崎財閥の繭嬢を知っているだろう? お前さん、彼女と何かあったのかい?」
鐘崎にとっては確かに気になる話題である。意外にもしつこかったご令嬢の名前だ、できればあまり聞きたくはない話ともいえた。
「何かってのは何だ。あの父娘とはここしばらく会ってもいねえが……。例の華道展に顔を出した礼だとかで、娘が組を訪ねて来たのが最後だ」
「そうなんだ? 実はあまり好ましくない噂を耳にしてね。というよりも、このところ方々で頻繁に聞こえてくるといった方が正しいんだが。どうも繭嬢がお前さんの奥方について大層興味を抱いているようなんだ」
帝斗の言葉に鐘崎は即座に険しく眉根を寄せた。
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