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極道の姐70

「もう決めたんだ。俺にとって組や親父も大事だが、それよりももっと大事なものがあると気付いたからだ。里恵子、それはお前だ。それなのにフラフラと迷って、愛してもいない女と縁組しようとした自分を恥じている。体裁の為だけに利用しようとしてしまった彼女にも申し訳ないと思っている」 「瑛二……」  我慢できずにしゃくり上げて涙する里恵子の肩にそっと手を差し伸べながら男は言った。 「すまなかった。お前にも辛い思いをさせてしまったことを許して欲しい。そして……これからの俺を見ていて欲しい」 「え……じ、瑛二……。ええ、ええもちろん……」  涙にくれながら手を取り合った二人を静かに見守りながら、そっと席を立ち上がって鐘崎は自分と似た名の男を見つめた。 「森崎――だったな。節介なことを言うようだがひとつだけ約束して欲しい」  至極真剣な表情で――まっすぐに視線を合わせてそう言った鐘崎に、森崎という男もまた真摯な態度で話の続きを待った。 「間違ってもこのサリーを食いもんにするようなマネはしてくれるなよ。部外者の俺がえらそうなことを言えた義理じゃねえが、この店の名をクラブ・フォレストに決めてたった一人で背負っていこうとしてた彼女を泣かせるようなことだけはしねえと約束してくれ」  鐘崎の言葉に男はハッと瞳を見開いた。確かに地位も何も投げ捨てて、一文無し同然の状態で家を飛び出した男にとって、しばらくは甘くない現実が待っていよう。例え苦しくとも、サリーの稼ぎを目当てに甘い言葉で騙くらかすようなマネだけはしてくれるなという鐘崎の願いだった。  男にもそれが充分理解できたのだろう、背筋をピンと伸ばしてうなずくと、意思のあるしっかりとした声でその思いに応えたのだった。 「はい、肝に銘じてそんなマネはしないと誓います――!」 「そうか」  鐘崎は静かな眼差しで安堵の気持ちを表してみせた。そんな二人の様子に、里恵子がより一層熱くなってしまった目頭を押さえる。愛する瑛二の覚悟もむろんだが、散々迷惑を掛けてしまったにもかかわらず鐘崎がこんなふうに思いやってくれることが嬉しくてならなかったのだ。 「さあ、せっかくの開店の日に涙は禁物だ。今日は皆で目一杯里恵子の門出を祝おうじゃねえか!」  僚一はそう言うと、 「森崎、お前さんも一緒に席につけ。今宵は俺の奢りだ! 一緒に里恵子を祝ってやろう」  森崎にも自分たちのテーブルへ来いと誘いの言葉を口にする。驚いたのは森崎だ。 「そんな……滅相もございません。手前なぞまだまだ駆け出しとも言えない青二才です。皆様のお邪魔をするつもりは毛頭ございません」  森崎は祝いの花束だけを渡してすぐに帰るつもりでいたようだ。 「まあそう言うな。これからはお前たち若いモンがこの世界を背負っていくんだ。いい機会だから遠慮せずに付き合え」 「は……、こんな手前にそのような有り難いお言葉……。感謝の言葉もございません」

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