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極道の姐69

「ええ、そう。森の隠れ家っていう感じで、一息つきにお立ち寄りいただきたいなと思ってこの名前にしたの」 「そっかぁ! うん、仕事帰りにホッとできる空間だな」  深い緑を基調にしたカーテンや調度品などで飾られた店内を見渡しながら紫月がうなずく。言葉には出さなかったが、おそらくは森崎瑛二の名から一字、森という字を取ってイメージしたのだろうか。共に生きられずとも彼女の想いの深さが表れているようで、切なくも胸に響く思いがしていた。 「これからは俺たちも接待なんかで時々寄せてもらうぜ」  よろしく頼むなと鐘崎が言う。 「おお、いいじゃねえか。ま、俺の方はこれまで通り君江のところで厄介になるとするさ。若いモンは若い者同士ってな?」  父の僚一がおどけたふうにそう言って笑うと、君江も里恵子も朗らかに微笑んだ。 「いやぁねえ、僚ちゃんってば! 何だか急に歳を取っちゃった気分になるじゃないのー!」  君江ママに肘で突かれて僚一がぺろりと舌を出す。一同はドッと和やかな笑いに包まれたのだった。  そんなおりだ。黒服がやって来てそっと里恵子に耳打ちをする。ふと視線をやれば、店の入り口に遠慮がちに佇んでいる男の姿に驚かされる羽目となった。 「……瑛二……!」  なんとそこには里恵子の元恋人だったという森崎組の若頭である瑛二が控えめな花束を手にして立っていたのだ。 「瑛二……あなた、どうして……。こんなところに来て大丈夫なの?」  ひどく驚き顔で里恵子が視線を泳がせる。だが、当の森崎から飛び出した言葉に、一同は更に驚かされることとなった。 「里恵子……すまなかった。俺は親父の組を抜けて独り立ちすることにした」 「独り立ちって……奥様になる方はご承知なの?」 「いや、彼女との縁談も破談になった」 「破談って……どうしてまた……」 「お前が忘れられなかった。一時は組のことを考えて親父の言う通りに従おうと決めたが、どうしてもお前のことが忘れられずに苦しんだ。悩んだが、親父の傘を着て生きていくよりも自分に正直に生きたいと決めて、組を出ることに決めたんだ」 「……瑛二……」  森崎は、一からのスタートでまだ金も力もまったくない状態だが、精一杯精進して自分たちだけの新しい組で頑張るつもりだと決意を語った。 「こんな俺にもついて来てくれると言ってくれた若い衆数人とのスタートだが、精一杯やってみようと思う。いつか……お前を迎えに来れるよう努力するつもりだ。だから里恵子……それまで待っていてくれないか」  男の言葉に里恵子はみるみると潤み出した目頭を押さえた。 「瑛二……ええ、ええ……アタシはもちろん……! でもあなたは本当にそれでいいの?」  一時の感情で大それた決断をしてしまって後悔しやしないかと心配そうに言う。

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