390 / 1180

若頭の見た夢1

 その朝、普段のような食欲はなかった。  いつもと同じように組の若い衆らと食卓を囲んでいても、いつになく箸が進まない。そんな様子を心配そうに見つめながら、隣にいた伴侶の紫月が眉をひそめていた。鐘崎組の若頭、鐘崎遼二にとってこの世で最も愛するかけがえのない夫――もとい妻である。 「どした、遼? どっか具合でも悪いんか?」  普段は食欲旺盛な亭主が今朝は口数も少なく食も進んでいないのが気になって顔を覗き込んだのだ。 「ん……? ああ、いや……体調が悪いわけじゃねえ。むしろ至って健康といえるんだが……」  実に食欲よりも別の欲の方が顔を出しそうになっていて、目の前の膳が目に入らなかっただけだ――などとは、さすがに組の若い衆らがいる前で暴露できるわけもなし。鐘崎は苦笑ながらも無理矢理膳を掻き込むと、 「実はな、少々変わった夢を見ちまって……」  なんとも歯切れの悪い笑みを浮かべながらもタジタジと頭を掻いてみせた。 ◇    ◇    ◇ 「――で? お前の見たヘンな夢ってどんなんだったんだよ」  食事が済み、事務所の机でパソコンを立ち上げながら紫月が訊く。鐘崎は目を通していた新聞を置くと、コーヒーを口に運びながら昨夜見た夢について語り出した。 「それがな――俺らが高校生になってた話でな」 「ほえー、わりとリアルつか普通な世界の話じゃん! 俺りゃー、またもっと突飛もねえやつかと思った。そんで、どんなんだったんだ?」 「俺と氷川は不良、お前と冰は生徒会の役員で風紀も担当してたっていう夢だったんだ」 「へえ? なんか面白そうじゃね? それでそれで?」  紫月が興味津々といったふうに身を乗り出してくる。 「そういや粟津のヤツも出てきたな。ヤツは生徒会長だった」 「ほええ? んじゃ、俺は俺は? 副会長とかか?」 「いや、お前は風紀担当だったな。朝の校門にお前らが腕章して立っててよ。登校してくる俺らを呼び止めるんだ」 「ええー、マジでか? 俺、かっけー役周りじゃん! そんで、お前ら不良を規則違反だーっつって捕まえるとか?」  ワクワクと瞳を輝かせながら甘いクッキー缶を開けている。 「ん、旨え! これ、昨日冰君がくれたんだけどマジいける! あ、お前のコーヒー一口ちょーだい」 「ん? ああ、ほら」  鐘崎はカップを差し出しながら夢の続きを話して聞かせた。

ともだちにシェアしよう!