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漆黒の記憶33

「……ッあ……クッ……!」  一等激しくも押し殺したような呻きと共にうねる龍から汗の粒をほとばしらせたと同時に、ぐったりと椅子に背を預け――嵐の余韻のごとく荒かった吐息が次第にゆっくりと落ち着いていくのをじっと聴いていた。 「ふぅ……」  窓の方を向いていた回転椅子がくるりと向きを変えたと同時に、そっと椅子から立ち上がった一糸まとわぬ見事な裸身がシルエットとなって視界を脅かす。決して知ってはいけない秘密を覗き見てしまったような衝動に駆られ、冰の頭の中は閃光が走ったかのように真っ白になってしまっていた。  あまりの衝撃でフラフラと足元をとられ、よろけた瞬間にガタッと大きな音を立ててしまい――その瞬間に目と目が合った。 「――ッ!? 冰……?」 「あ……の、僕……その……」  ごめんなさい――! それだけ口走ると、冰は一目散にその場から走り去っていった。 「……ッそ! なんてこった……今のを見てたってのか――」  周は急ぎローブを羽織り直すと、すぐさま彼の後を追い掛けた。  当然か、先程まで共に寝ていたベッドはもぬけの空だ。 「自分の部屋の方か――」  おそらくは無意識に彼専用の自室へと駆け込んだのだろう。一応リビングやダイニングも見渡しながら冰の部屋へと向かうと、思った通りか彼はベッドの上で身体を丸めるようにして震えていた。 「……冰」  恐る恐る声を掛けたが彼は未だベッドの上で身を丸めたまま動かない。 「冰、すまない。驚かせちまったか……。だがな、さっきのあれは……」  さすがの周も上手く言葉にはならない。幼い心でいる今の彼に大人の自慰行為をどう説明すればいいというのか、おそらくは親友の鐘崎であっても側近の李や医師の鄧たちであっても咄嗟には思い付かないだろう。  こんな時、酸いも甘いも経験を積んだ真田なら何と言って弁明するだろうか。呆然とそんなことを思い描いていた周の視界に涙をいっぱいに溜めた笑顔が飛び込んできた。 「白龍……」  今にも溢れそうな大粒の潤みをクシャクシャな笑顔の中に讃えて、突如腕の中に華奢な身体が抱き付いてくる。 「……冰、お前……?」 「白龍……!」  いつものように『白龍のお兄さん』ではなく『白龍』とはっきりとした口調が耳元でこだまする。 「お前……まさか……」 「うん、うん……! 思い出した。全部……全部思い出したよ白龍!」 「記憶が戻ったの……か?」 「ん! うん……! これまでのことも、ここ最近のことも全部……。心配かけてごめんなさい……!」 「……!」  すぐには信じられない思いで恐る恐るその肩に触れ、次の瞬間には息もままならないほどに強く抱き締めていた。 「冰……本当にお前か……?」 「ん、うん……!」 「夢……じゃねえ……のか」 「うん……!」

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