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孤高のマフィア7

「それじゃ食いに出掛けるか。冰と一之宮は何がいいんだ」  この面々が揃えば店選びは当然嫁たちのご要望に合わせるのが旦那組の道理というものだ。 「うっしゃ! 冰くんは何がいい?」 「紫月さんの食べたいものでいいですよー」 「マジ? いつもすまねえなぁ。そんじゃねー、俺行ってみたい店あるんだ!」 「もしかしてデザートのスイーツが豊富なところだったりして!」 「正解ー! 遼と氷川もそれでい? あ、李さんと劉さんはどうっすか?」 「構いませんよ」 「もちろんです!」  李も劉も紫月の甘い物好きは折込済みなので、にこやかに即オーケーの返事をした。  そんな彼らが社の玄関を出て行く姿を見送りながら、受付嬢の清美は同じくじっとその後ろ姿を見つめている香山に気付いて視線をとめた。 「あら……? あの人、まだいらしたのね」  それ自体は別にどうというわけでもないのだが、香山という男の視線が何となく普通じゃないように感じられて、清美は胸がざわつくような感覚に襲われた。彼はじっと周らの行く先を見つめたまま気難しげな顔つきでいる。まるで自分も一緒に行きたかったというふうにも思えるのだ。 「株式会社香山文具、取締役専務、香山淳太……か。住所は博多……? 随分遠いところからいらしたのね」  先程もらった名刺に目をくれながら独りごちる。虫の知らせか、女の第六感か――。清美は無意識にも何かあった時の為にと密かにその名刺を受付の鍵付きデスクの中へとしまったのだった。 「清美先輩! 交代が来てくれたのでそろそろ私たちもお昼に行きましょう」 「え? あ、ええそうね」  後輩の英子に促されて我に返る。ふとロビーを見れば、もう香山の姿はなかった。 「いない……」 (帰られたのかしら?) 「先輩、どうかされたんですか?」  英子が首を傾げながら覗き込んでくる。 「あ、ううん……何でもないわ。それじゃ行こうか」  交代の者に受付を預けると英子と共にランチへと出掛けて行った。  一方、香山の方は夕方の新幹線の時間までまだ余裕があったわけか、向かった先は周らが入っていったレストランであった。後をつけるつもりではなかったのだが、本人も気付かぬ内にフラフラと足が向いてしまったようだ。一人レストランに入ると、周らからは見えない衝立の陰に席を取って、見るともなしにぼうっと彼らの様子を窺っていた。  周ら六人は普段から親しい間柄という雰囲気で会話も進んでいるようだ。楽しげにメニューを広げて盛り上がっている。 「俺、何やってんだ……。こんなコソコソ後をつけるようなマネをして……」  だが、どうしてもあのまま帰る気にはなれなかったのだ。

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