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孤高のマフィア8

 ウェイターが注文を取りにやって来たので適当なメニューを頼んで溜め息を落とす。視線は相変わらずに周らの一団に釘付けであった。  彼等の話している内容までは聞き取れないものの、時折上がる笑い声くらいは分かる距離だ。料理を待つまでの間に和やかな談笑が続いているといった雰囲気に羨ましい気持ちがザワザワと胸を締め付ける。しばらく見ていると一人の男が周の隣に座っていた男に対してスマートフォンを差し出しながら何やら盛り上がっている様子が窺えた。一人は初見だが、周の隣にいる男は一昨日会った時に秘書をしている家族だと紹介された男である。 「あの人……社長の弟さんか? 確か秘書だと言っていたな」  だがどういうわけか彼を見ていると理由もなくモヤモヤとした気持ちが湧き上がる。他の男たちには感じられない特殊な感情が胸をざわつかせるような気がするのだ。そういえば一昨日も道行く人の流れから彼を庇うように周が気遣っていたのを思い出した。 (何だろう、この気持ち……。弟なら大事にして当たり前なんだろうが、それにしても過保護過ぎやしないか?)  そんなことを思っていた香山の視界に弟らしき男――つまり冰であるが――が取り出したスマートフォンに付けられたアクセサリーが飛び込んできて、思わず目を見張らされてしまった。そこには先程社長の周が付けていたのと色違いのストラップが揺れていたからだ。 (あのストラップ……。氷川社長のとお揃いか?)  揃いのストラップ――ただそれだけのことなのに酷く胸が締め付けられる。羨ましいを通り越して憎悪にも似た感情が沸々とし、いてもたってもいられない気持ちに陥った。  香山は興味が行き過ぎてしまい、何とか彼らの会話を聞けないかと化粧室へ立つふりをして柱の陰に身を潜め、そっと聞き耳を立てた。 『ほらこれ! こないだ伊三郎の親父さんたちと一緒に撮った写真! 冰君のスマホにも送っとくぜ』 『わぁ! ありがとうございます! よく撮れてますね』 『だろう? 皆んなが着物姿ってのも貴重じゃね?』 『紫月さんの花魁姿が一番貴重ですよ! 鐘崎さんも白龍も渋くてカッコいいし!』 『お! さすがデキた嫁さんだなぁ。冰君はいつだってちゃんと亭主を褒めるのを忘れないもんなー』  そんな話で盛り上がる中、社長の周、――香山にとっては氷川となるわけだが――彼も非常に機嫌が良さそうでいて満足げに笑みを浮かべている。それより何より話題に上がっていた『亭主』だの『嫁』だのというワードが引っ掛かってならなかった。 (どういうことだ……? 嫁とか亭主って……まさか氷川社長は結婚してんのか?)  だが肝心の奥方らしき女性の姿は見当たらない。彼ら六人は全員男である。それに会話の内容からすると、冰と呼ばれている弟だと思っていた男が嫁と受け取れるように思えてならない。香山はすっかり混乱してしまった。

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