589 / 1208
孤高のマフィア16
「香山ちゃんを脅そうっていうの? アンタもワルねえ」
愛莉は呆れてみせたが、確かに男の言うことも一理ある。香山の様子ではこれからもしつこくどうなったかと尋ねてきそうだし、追い払いがてら小銭が手に入れば一石二鳥である。何より少し痛い目を見れば懲りて考え直すかも知れないと思うのだ。香山本人がどうなろうとさして興味はないが、その妻のことを考えたら同じ女性として気の毒にも思えるからだ。今はいっときの感情で我を失っているのかも知れないが、香山にも目を覚ましてもらうきっかけになればいい、愛莉は意外にも純粋な気持ちで灸を据える程度に思ったのだった。
「んー、でも案外それいいかも! アンタが手伝ってくれるんなら銀座の仲間に言って情報仕入れてやるのも悪くないわね。もうちょい香山ちゃんを煽れるネタが手に入るかも知れないし」
「そんなら俺は香山ってヤツの方の近辺を探ってやろうじゃねえか。ちょいと叩けば他にも埃が出るかも知れねえ」
「やだ、案外大金が巻き上げられちゃったりして?」
「そしたら二人で豪勢に海外でも行って遊んで来るか!」
「バーカ! まだお金になるかどうかも分かんないのにさぁ」
「なるかどうか分かんねえモンを金にするのが俺の腕の見せ所だからな。まあ任せろ! 上手く搾り取ってやるって!」
男は愛莉を抱きすくめると、上機嫌でソファに押し倒した。
「前祝いってことで一発な?」
「ヤダァ、相変わらず気が早いんだからぁ」
こうして愛莉と男は香山を嵌めて金を騙し取る作戦に出ることになったのだった。
一方、香山の方は愛莉からの情報を今か今かと待つ日々が続いていた。表面上は普通を装いながらいつもと何ら変わりのない時間だけが過ぎていく。裏では愛莉の男が自分に探りを入れているなどとは夢夢知らないままで一週間が経った頃、待ちに待った愛莉からの連絡を受けて、香山は彼女に呼び出された街外れのバーへと向かった。
そこは表通りからかなり入り組んだ裏路地に建つ何とも怪しげな店だったが、今の香山にとっては情報欲しさが先に立っていて危険な雰囲気などを察知できる余裕はない。逸る気持ちで店に入れば、奥まった薄暗がりの席に愛莉の姿を見つけてパッと瞳を輝かせた。
ところが席に近付いてみれば愛莉の他に見知らぬ男が一緒だ。無精髭を生やした、見るからに堅気ではない雰囲気に押されてさすがに息を呑む。
「あの……こちらさんは?」
おずおずとする香山を横目に、愛莉は親しげに微笑んでみせた。
「そう警戒しないでー。氷川さんのことについてこの人もいろいろ協力して調べてくれたんだから! 女のアタシ一人じゃ分からなかった貴重な情報がたーくさん入手できたのよ。まあ座ってちょうだいな」
「そ、そうですか……。世話を掛けてすみません」
香山は半信半疑ながらも貴重な情報という言葉に抗えずにひとまずは腰を落ち着けた。
ともだちにシェアしよう!