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孤高のマフィア30
「ま、まあそこンところはさすがに教えらんねえな。けど一応理由は話したんだ。今はこれで納得して欲しいね。それよか腹減ってんだろ? 風呂にも入りてえだろうし、とにかく付いて来いよ。あんたらの引き渡し先が決まるまでは近くのホテルを用意してやるからさ!」
せいぜい残り数日を寛いでくれという男にこれ以上突っ込んで訊くことはしないでおく。ひとまず欲しい情報は拾えたわけだが、今の話が本当だとするとさすがに溜め息を隠せない思いだった。
依頼者が周に好意を寄せていて、伴侶である自分をうとましく思っているということ自体も驚愕だが、その人物の正体は分からずじまいだ。当然だが心当たりもない。
いつぞやも周の学生時代の知り合いだった唐静雨という女性の一件ではいろいろと苦労させられたものの、またしても自分の知らないところで周に想いを寄せる誰かに妬みを買うことになろうとは、さすがに消沈せざるを得ない。
だが、まあとりあえず理由は分かった。つまり、何の関係もない里恵子を巻き込んでしまっているということだ。自分はともかく、里恵子だけは何としても無事に森崎の元へと帰してやらねば申し訳ない。冰はひとまず言われた通りに従いながら里恵子の安全を最優先に考えて、この状況から脱する機会を窺うことにしたのだった。
そうして男に案内されたホテルというのに着くと、またもや驚かされる羽目となった。なんとそこは一般的なビジネスホテルなどではなく、ラブホテルだったからだ。
「ここはウチの組がやってるホテルでよ。世間で言うところのラブホってやつだけど、寝泊まりはできるし風呂もあるから。まあほんの数日だろうし勘弁してくれよ」
これでも割合広いタイプの部屋を取ってやったんだぜと男は得意顔だ。”ウチの組が経営している”という言葉から察するに、この男はヤクザ者ということなのだろう。極道者であるなら鐘崎組のことも知っているかも知れないが、こちらがその縁者だということは後々の切り札として取っておく方が無難だろう。友好関係にある間柄ならば良いが、敵対組織という可能性もある。やたらなことは言わずに今は手の内を見せないに越したことはない。
それよりも、如何に緊急事態といえど里恵子と二人でラブホに寝泊まりとは――周や森崎が聞いたら眉根を寄せるに違いない。まあ不可抗力であるし、先程押し込まれていたような部屋に比べればマシなのは確かだ。強引な手段で拉致されてきたにしては扱いが最悪でないことにも満足しなければならないだろう。
すぐに食事を届けるからと言う男に対して、冰はとりあえずの礼を述べると共に、できれば里恵子の着替えも用意してもらえたら有り難いと付け加えた。
「ご覧の通り彼女は着物姿です。これでは寝るにしても着替えるにしても不便ですし、洋服をお貸しいただけると有り難いのですが」
「ああ、構わんよ! ついでにアンタの着替えも見繕ってきてやるわ。俺のお下がりだがアンタの方が細っこいから着られるだろうぜ。パンツは……アレだな、さすがに俺ンじゃ嫌だろうし、コンビニので良ければ買ってきてやるわ! そんじゃメシと一緒に届けっから」
男は快諾すると、一応このホテルには監視カメラも付いているし、出入り口は組の者が見張っているので、逃げようという考えだけは起こさない方が無難だぜと釘を刺して部屋を後にしていった。
その後ろ姿を見送りながら冰と里恵子はホッと肩を落とす。とにかくは暴力などを振るわれずに二人きりになれたことで緊張の糸がゆるんだのだ。
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