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孤高のマフィア63
「うわぁ……広いー!」
部屋に入るなり冰が感嘆の声を上げては、窓辺に駆け寄って眼下の街を見下ろしながらまるで子供のようにはしゃいでいる。
「これ……グランドピアノ? 部屋にピアノがあるなんて見たことないよ……」
広大なリビングに豪華なバスルーム、キッチンまで付いていて、ベッドはなんとキングサイズの物が二台並んでいる。ホテルというよりは高級マンションの一世帯でも充分に有り余るほどだ。真夜中なのによくこんなすごい部屋が取れたねと言っては、すっかりいつもの彼に戻った様子に安堵しながら、周は背後から愛しき伴侶を抱き締めた。
「すまなかったな、冰――。またもとんでもねえ目に遭わせちまった」
周は懐にしまっていた腕時計を取り出すと、冰の手を取ってそれをはめた。
「あ……! 時計!」
盗まれたと思っていたものを目の前に差し出されて、冰は驚き顔でいる。
「これ……」
「お前が拉致された直後に質屋に売り飛ばされていたのを回収した。スマフォの方も早々に丹羽が取り戻すだろう」
「そうだったの! 盗られちゃったんだって思ってはいたけど、まさか質入れされちゃってたなんて。それにスマートフォンも……。まあスマフォ自体はまた買い替えられるだろうけど、ストラップが失くなっちゃうのが一番心配だったんだ」
冰にとっては周と初めて想いを通わせた日に彼からもらったお揃いのストラップが何よりも大切な宝物なのだ。
それにしても腕時計が質入れされていたのならどうやって居場所を突き止めたというのだろう。冰にしてみればこの腕時計は拉致犯の男が所持していて、そこから自分たちに辿り着いたものとばかり思っていたからだ。
「そいつのGPSが効かなかったんで焦らされたがな。カネの調査と――、それにうちの受付嬢の機転に助けられたんだ」
周は鐘崎が里恵子の店のホステスから仕入れてくれた情報と受付嬢の清美と英子からもたらされた仮説によってここに辿り着けたことを話して聞かせた。
「そうだったんだ。矢部さんたちが……。また彼女たちに助けてもらっちゃったね! 鐘崎さんと紫月さんにも毎回頼りきりになっちゃって……。でも白龍が来てくれて本当に助かったよ。俺一人だったら絶対絶命だった。お父様の名前を出してなんとかしようって俺の考えがそもそも甘かったのは言うまでもないんだけどさ……。もうそれ以外思い付かなくて……」
あのまま周たちが現れなかったら今頃はどうなっていたかと言って落ち込む冰を周は思い切り抱き締めた。
「お前は本当によく頑張ってくれたさ。だがまあ……あのチンピラが言っていたことを聞いて考えさせられるところが無きにしも非ずと思ったのも実のところでな。お前は正真正銘俺の伴侶で親父の息子であるのは確かだが、それを知らない者にとっては証を求めたがるのも一理あるのかも知れない――とな」
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