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慟哭12

 時を遡ってその少し前のことだ。ちょうど源次郎らが紫月を捜し始まった頃である。  指定された倉庫の前でタクシーを降りた紫月は、罠だという予想が色濃くなってきたことを感じつつも、とにかくは敵との対面を覚悟した。彼にしてみればこの倉庫の中に鐘崎が捕らわれているかも知れないと思っていたからだ。  電話を受けた時点で、誰かにこのことを他言すればご主人の命は保証しないと言われていたこともあり、既に鐘崎が捕えられた後だと思ったのだ。  中に入り、待っていた人物を目にした瞬間、ひどく驚かされてしまった。 「あんた……辰冨さんの……」  鞠愛の側には見覚えのない数人の男たちがいたが、一人を除いて他はすべて外国人と思われ、その誰もが一目で危ない連中だと分かるような風貌をしていた。 「お嬢さん、こんな所に呼び出して――どういった用件でしょう。遼は何処です?」  紫月が訊くと、鞠愛は苛立ったように睨みつけながら吐き捨てた。 「遼――ですって? 普段からそう呼んでるってわけ? 馴れ馴れしいったらないわね!」  そしてこう続けた。 「残念だけどあの男はいないわよ! 用があるのはあなたにだけだもの!」 「俺だけ――? いったいどんな用です……なんて訊かなくてもだいたいの想像はつくけどな」  はべらせている屈強そうな男たちを見れば一目瞭然というものだ。鐘崎が居ないということは、嵌めらたのが確実となったわけだからだ。だがまあ、紫月にとってはとりあえず鐘崎が爆弾で吹っ飛ばされる心配はなくなったので、そこだけは安心といったところだった。 「あら、勘がいいのね。まあ当たっていると思ってくれていいわよ」 「……その人らを使って俺をボコろうってか?」 「ボコるですって? 不良の子供じゃあるまいし、そんなことで済むと思ってるわけ?」  チンケな男ねと言って声高々に笑う。 「……まさかだけど殺害でもしようってか?」 「ふふ、だったらどうだっていうの? さすがに怖いってわけ? 仮にも極道の妻を気取ってるわりには情けないのね!」  言葉の節々に棘があり、相当憤っているのが感じられる。 「――理由を教えてくれないか?」 「理由ですって?」 「お嬢さんが俺を消したい理由だ。正直好かれてるとは思ってねえが、消されるほど恨まれることをした覚えは思い当たらないんだけどな――」  まあそんなことは聞かずともそれこそ想像に容易いが、要は鐘崎への恋情が叶わなかったことによる逆恨みだろう。例えばここに庭師の小川でもいれば、『フラれた腹いせかよ!』くらいは言ってのけそうなものだが、そうはっきり言えば彼女の気持ちを逆撫でするだけだ。 「覚えがないですって! ふざけないでよね! あんたたち三人で散々アタシをバカにしたくせにッ!」 「三人――」 「あんたと……! あんたの男とその父親よっ! アタシがどんな気持ちだったか分かる……? あんな惨めな思いをさせられたのは生まれて初めてだったわよっ!」  鞠愛はあれ以来悔しさで満足に眠れない日々を過ごしたと言って憤っている。つまり辰冨親娘が日本を発つ前に鐘崎組の事務所で会った時のことを言っているのだろう。 「――そんなつもりはありません。俺たちはただ俺と遼二の関係を申し上げただけです」 「何が……関係よッ! アタシはね、今こうしてあんたの顔を見てるのだって虫唾が走る思いなのよ! 男のくせに遼二をたぶらかして我が物顔ッ!? 冗談じゃないわよ! あんたみたいなのがこの世に生きてると思うだけで苛々するッ! もういいッ! これ以上話すことはないわ! あんたなんか男に掘られて喜んでるクズじゃない! 殺される理由ならそれで十分だと思うけどね!」 「……年頃のお嬢さんがそんな言葉使うもんじゃねえって」 「うるさいッ! 今度は説教しようってのッ!? 冗談じゃないわ、この下衆男!」  金切り声で怒鳴り散らしながら男らに向かって、「早いとこやっちゃって!」と顎をしゃくってみせた。

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