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慟哭21

「女が大河内を殺ろうが殺らまいが、どちらにせよ末路は決まっている。カネはあの場で怒りをぶち撒けるよりももっと辛辣な方法で息の根を止めたということだ」  鐘崎にとってそれほどの怒りだということだ。あとは女がどうなろうが感知するところではない。逮捕されて監獄にぶち込まれようが、無罪だと言って発狂しようがどうでもいいのだ。 「仮にすべてが女の思惑通りにいったとしてもだ。警察だって馬鹿じゃねえ。滞在先のホテルでの様子なんぞも一応は調べるだろう。どうせ悠々自適に観光気分でチャラけていたに違いねえだろうからな。女の嘘なぞすぐにバレるということだ」  つまり放っておいても自滅する。本人たちは勿論のこと、父親の辰冨は間違いなく失脚するだろう。わざわざこちらが手を汚さずとも、最も辛辣な方法で葬ることができるということだ。 「そっか……。でもとにかく紫月さんが無事でよかった」  今はそれが何よりだ。  縁起でもない話だが、もしも救出が間に合わずに紫月を失ってしまったとしたら――また話は変わってくるだろう。鐘崎はそれこそ修羅と化していただろうし、その場合敵を自滅させるなどという甘いやり方は有り得ない。正当防衛どころか過剰防衛で鐘崎自らにも罪が課せられるかも知れないが、仮にこんな形で紫月を失ったとしたなら鐘崎にとってはそれ以上酷なことはないだろう。本物の修羅となって復讐を遂げた後は愛する者の後を追ってしまうかも知れない。 「今回のことを受けてカネが普段からの警備体制を見直すのは必須だろう。俺たちにとっても対岸の火事で済む話じゃねえ。カネと話し合って新たな体制を検討することになる」  例えばそれはわざわざ探査にかけずとも常にGPSの位置を把握できるようなシステムを敷くとか、緊急時に傍受される可能性のあるスマートフォンなどの一般的な機器以外で状況を知らせ合える新たな手段を講じる――などである。 「俺たちの生きる世界とはそういったことと切っても切れないものだというのは承知だが、お前や一之宮にも窮屈な思いをさせてすまないと思っている」  そんなことを言う周に、冰はとんでもないと言ってブンブンと首を振った。 「窮屈だなんて思わないよ。白龍や鐘崎さんが俺たちの安全の為に心を砕いてくれてるんだもの。紫月さんだって一緒だと思う」  周は『ありがとうな』というように黙って冰の肩を抱き寄せた。 「俺には――あのやさしいカネをこんなふうに追い込んだことが許せんな。ともすればヤツの性質を変えちまうほどのことをあの女はやってのけたんだ」 「白龍……」 「もしも俺がカネの立場だったら――危険にさらされたのがお前だったら――怒りを抑えられずに俺は連中を葬っていたかも知れん。そこを踏みとどまったカネの気持ちを思うと――やり切れねえ……」  そう――今回のことは周らにとっても決して他人事ではないのだ。いつ何時、自分たちにも降り掛かるか分からない火の粉だ。周は今一度気を引き締めると共に、今回のことで鐘崎と紫月の心に深い傷が残らないことを祈るのみだった。

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