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慟哭22

 一方、医療車で鄧に手当てを受けながら、鐘崎はその腕に紫月を抱えたまま片時も離さないといったように瞳を震わせていた。 「遼……ごめん……。俺……勝手なことしちまって……かえって皆んなに世話掛けて……」  誰にも言わずに組を出てきてしまったことを詫びる。 「謝るのは俺だ――。本来――俺が受けるべき恨みをおめえに背負わせちまった……。俺がウダウダやっていなきゃ、おめえが逆恨みに遭うこともなかった」  辰冨親娘に恩があるとの思いから、鞠愛の恋情に対してはっきりとした態度で断らなかったことは悔いても悔い切れない。いかに依頼されたとはいえ、デートさながらの状況で買い物の警護を引き受けたりしなければ、鞠愛をその気にさせずとも済んだかも知れない。もっと毅然とした態度で早い内に断りを口にしていたならば、例え逆恨みの感情を向けられたにせよ、それが紫月に向くことはなかっただろうと思うからだ。 「すまない――」  無事でいてくれて良かった。  取り返しのつかないことにならなくて良かった。  自分の優柔不断さと甘さがお前を危険にさらしてしまった。  様々な思いが交叉し、込み上げて、今ここに一人でいたなら声を上げて泣きじゃくってしまいたい――。  地面に突っ伏し、涙が涸れるまで永遠に止まらない号泣の渦の中で自分を戒めたい。  そんな思いを、涙を、必死に堪えて一人胸の中に慟哭を呑み込む。  表面上では一滴の涙さえ溢さずにいる鐘崎の瞳の中には、狂うほどに泣きじゃくるもう一人の彼が映っているようで、紫月もまたこぼれそうになる熱い雫を必死に堪えては、彼の心ごと抱き締めるかのように返り血で濡れたその腕に黙って頬寄せたのだった。  車窓から飛んでいく景色は、地平線に沈む夕陽が橙を通り越してどす黒い溶岩のような色をたたえている。  誰の心にも鉛のように重い影を残したまま事件はとりあえずの幕を下ろしたのだった。 ◇    ◇    ◇  それから数日後、鐘崎組には警視庁捜査一課の丹羽修司が訪れていた。経緯を聞く為、周らも呼ばれて紫月救出に携わった者たちが顔を揃える。組長の僚一もあの後すぐに大阪から戻っていた。  事件の結末は源次郎の通報で駆けつけた丹羽ら警察によって、紫月を殺害しようと企んだ全員が逮捕されたということだった。大河内が集めた実行犯の中には各地でテロリストとして指名手配されていた者もおり、非常に重い罪が課せられるのは明白ということだ。日本国内での刑というよりも、彼らの自国に引き渡されての処刑という線も濃厚だそうだ。流れ弾を受けて重傷を負った男も命を取り留め、今は全員が警察病院に収容されているらしい。

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