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慟哭24

「その点について俺に異存はねえ。あの女がどうなろうと知ったことじゃねえ。ただし――今後俺の前に姿を見せることがあったなら、あの女が何かをしでかそうがそうじゃなかろうが問答無用で容赦はしねえ」  例えば彼女が改心して謝りたいと言ってきたにしても、謝罪することすら受け入れない、自分たちの目に触れることは許さないということである。感情の見えない瞳のその奥には留まるところを知らない怒りが秘められているかのようだった。  鐘崎の表情からは『二度とシャバに出すな』とでも言いたげな思いがにじみ出てはいたものの、とにかくは方針を受け入れてもらえたことで丹羽は安堵したようだった。 「しかし世の中どうなってるんだってな事案が後を絶たねえな。俺が警察官になった頃は、一個人が――それもうら若い女がいとも簡単にテロリストを使って殺害を企むなんざ想像できなかったがな」  しかもその理由にもまた驚愕させられる。恋情が叶わなかったからといってその相手の大事な伴侶を陥れようなど、我が侭にもほどが有り過ぎる。気に入らなければ安易に始末排除しようなどと思い、それを平気で実行するような人間がいること自体頭の痛い話だと言って、丹羽は溜め息を抑えられない様子でいた。誰にとっても似たような思いでいるものの、とかく鐘崎には考えさせられることが多かったようだ。 「俺にとっても自他共に振り返る機会となったのは確かだ。今後は警備強化や不測の事態に備えての対処などはもちろんだが、俺自身の甘さを正すと共に、気構えについても改めねばならん」  あまり感情のないような落ち着いた顔つきでそんなことを言った鐘崎だが、その無表情の下には大切なものを守っていくという確固たる覚悟が沸々としているようでもあった。  鐘崎と紫月にとっても表面上は日常が戻ったものの、事件が落とした影は生涯消えぬ傷となって二人の心を抉ったことは間違いない。それでも周や冰という友や源次郎以下組員たちのあたたかい友情と絆が少しずつ二人を癒し、流れる時間がこの悲痛な出来事を解していくだろう。それと共に、大切なものを守り抜くという思いもまた、これまで以上に覚悟と信念を強きものにしていくだろう。  唯一目に見えて変わったことがあるとすれば、それは鐘崎の心構えという面だったかも知れない。  今はもう、かつてのような優柔不断な甘さは見られない。仕事の面ではこれまで以上に研ぎ澄まされた精神で臨み、とかく色恋に発展しそうな感情を向けられた際には、厳しいほどの態度で回避するようにもなっていった。  それとは裏腹――紫月に対する愛情は更に深く濃くなっていったようだ。若さ故かこれまではつい制御がきかないほどに求め欲した激しい抱き方はなりをひそめ、情を交わす時には穏やかでいながらして深い愛情を注ぐような求め方へと変わっていった。  表面上ではこれまで以上に落ち着いたというか、感情の起伏を見せなくなってしまった鐘崎の――一見静かで穏やかそうに見える表情の下に鋭い刃物がなりを潜めていそうな危うさに、僚一と源次郎もまたこの事件が彼に与えた重さにやり切れない思いでいたようだ。まるで激しい慟哭を無理矢理押し殺しているかのような心の叫びが痛々しくてならないのだ。

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