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春遠からじ28
その後の調べによって子涵少年が部屋を出て行った経緯はすぐに明らかとなった。時刻は明け方少し手前の午前三時半頃だ。人目を気に掛けながら部屋を出て、エレベーターに乗り込む子涵の姿が確認された。その後ロビーに置かれた鉢植えに隠れるようにしながらエントランスを出た子涵は、通りでタクシーに乗り込んだようだ。
「すぐにタクシー会社を当たろう。こんな時間にガキ一人を乗せたなら運転手も覚えているだろう」
周がタクシー会社を当たる一方で、鐘崎の方では父親のGPSの探査を急いだが、生憎にも反応が掴めなかった。
「……ッ! あの親父さん、手紙は持って出ていなかったか」
鐘崎が残念そうに舌打つ傍らで、源次郎はまた別の見解を口にした。
「まだそうと決まったわけではありませんぞ。メビィさんたちの話からも手紙が部屋に残されていたとは聞いていませんし、持って出た可能性は十分あります。ただ電波が届かない場所にいらっしゃるのかも――」
とにかく根気よく探査を続ければ、どこかでふと電波が拾える時が巡ってくるかも知れないという。
「まず――彼ら二人が敵に誘き出されたと仮定して、その場合スマートフォンなどの位置情報は真っ先に潰されるでしょうが、手紙にGPSが仕込まれていることまでは気付かれない可能性の方が高うございます。こちらの探査は引き続き追うとして、もうひとつは父親本人が子涵少年をメッセージで誘い出したということも考えられます」
「確かにな――親父さんから呼び出されれば子涵が黙ってここを出て行ったこともうなずけるが――他に考えられるのはやはり敵から誘き出されたという線だが、その場合敵は子涵の携帯番号を知っているということになる。父親か――もしくは母親を装ってメッセージを入れたとも考えられるな」
まあ敵もプロだ。子涵少年の番号を入手するなど朝飯前だろう。
「子涵が俺たちの目を避けてでも自らこの見知らぬ土地でタクシーに乗るなどの危険を選んでいるということは――メッセージを送ってきた相手は父親か母親のどちらかと考えるのが妥当だろうな……」
だが母親は既に他界しているのだから、敵が装って送ってきたのは明らかだろう。
「おそらくは敵もこの香港に追い掛けて来たまでは良かったが、その先の足取りが掴めないので子涵を囮に父親を誘き出したというわけか」
つまり、母親を装って子涵少年をメッセージで誘い出し、次に父親にそのことを知らせ、息子の命が惜しければ一人で迎えに来いとでも言ったわけだろう。
鐘崎と源次郎がそんな仮説を立てていると、タクシー会社を当たっていた周からその足取りが掴めたという一報が入った。
『どうやら坊主は女人街の入り口で車を降りたようだ。そこに女が待っていて、タクシー代はそいつが払ったと運転手から証言が取れた。ドラレコの映像を解析したらまた連絡する』
女人街といえば、ここ香港では誰もが知るほど有名な観光地だ。幼い子供だろうがタクシーの運転手だろうが、間違いなく辿り着けるといっていい。
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