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倒産の罠5
「そこで考えたのが今回の策だ。香港にある我がファミリーの携わるホテルと焔 の経営する商社を囮に使う」
周隼 に続いて周風 がそう説明する。香港のホテルというのは世界的にも名の知れた五つ星ランクだ。大企業といえる。日本の汐留にある周焔 の商社も一部上場企業であり、これまでターゲットにされた中堅企業からすれば比べ物にならないくらいの大手である。
「囮……ですか? ですがそれではリスクが大き過ぎやしませんか?」
驚きつつも丹羽が困惑顔を見せる。如何に助力を依頼したとはいえ、まさかそんな作戦に出るとは思ってもいなかったからだ。万が一にも失敗した場合、警視庁としても責任を取りかねる。
「待ってください……。他に方法はないものでしょうか」
さすがに同意し難いといった表情の丹羽に、周隼 らは微苦笑した。
「だが、一刻も早く収拾したいのだろう?」
「それは……もちろんそうですが」
「我々とてみすみす敵にくれてやるつもりはない。焔 の社には我々の側近である曹来 をCEOに据える方向で準備を進めている。李 と劉 にはそのまま残ってもらい、社の頭をすげ替えるだけという乗っ取り方をさせるつもりだ。幸い、焔 の社は業績も明るい。詐欺集団が乗っ取った後も社の運営を上手く回して稼ぎさえ上げれば、倒産には至らずに済む」
これまでの詐欺集団の手口では、乗っ取った後に経営が立ち行かなくなればすぐさま売却して現金に変え、そのまま放置して金だけを持ち逃げするといったやり口だ。つまり乗っ取ってからも業績が伸びるようであれば、その企業はこれまで通り運営され続けるということになる。要するに楽して金が稼ぎ出せればそれでいいわけだろう。
「だがまあ確かにこれは我々にとっても大きな賭けになることに違いはない。仮に万が一の事態が起こっても、曹来をトップに据えておけば本質的には乗っ取られたことにはならない」
そこで一足早く曹来を敵の懐に潜り込ませたという経緯だ。
「曹には敵の上層部に次のターゲットとして焔 の経営するアイス・カンパニーを提示させる。これまで引っ掛けてきた中堅企業から比べれば桁違いの大手だ。十中八九敵も乗ってくるだろう」
「曹来に乗っ取らせた後に業績を下げることなく経営させ、上手く金を上納できれば敵はいよいよ同等の大企業乗っ取りに掛かってくるだろう。そうなれば遅かれ早かれ黒幕が動き出すと踏んでいる」
そこを押さえようという作戦である。
「焔 には社を乗っ取られた後、当面の間は少々厳しい生活を演じてもらうことになろう。これまでの調べで、敵は乗っ取った企業の経営者がどのように生活をしているのかということに注目している様子だ」
つまり、前経営者らに社を取り戻そうと画策する動きがあれば、その芽も摘むという方法で、徹底的に潰しに掛かるという。
「不可解なのは彼らの執拗さだ。乗っ取った企業の元経営者らがどのような暮らし向きに陥るかということに強いこだわりがあるようでな。分かりやすく言うと、仮に元経営者らに箪笥 預金などがあったとする。会社は潰れても当面の生活に困らないで暮らしているような場合、ほぼ九割の確率でその家が強盗被害に遭うという点だ。それから考えて乗っ取り犯と強盗犯は同一人物と思われる」
だが何故、そうも執拗に完璧な潰しに掛かるのか理解しかねるといったところだ。個人的な怨みでもあるのかと思いきや、狙われた企業にこれといった接点は見当たらず、いわば通り魔的ともいえる支離滅裂の犯行なのだという。
「何か目的があるのか、それともただ単に破壊行為で誰かが苦しむのを見て快感を覚える猟奇的な思考の持ち主なのか――その辺りがどうにも理解できん」
「それらをかわす為にも焔 には汐留の社を邸 ごと明け渡し、安アパートに住んで日雇い労働者として働いてもらう。日々の生活で精一杯という状況を見せつけて、敵を油断させるのが狙いだ」
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