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第8話

目を覚ますと、空はすっかり茜色だった。肌寒さにぶるりと震えて起き上がると、数回くしゃみが続いて、鼻をすすった。 (やべえ、風邪ひいたかも)  十月も半ばにさしかかっていて、屋上で寝るのは少し無理があったな、と今思っても仕方がない。千早は眠気をはらうべく小さくかぶりを振って、伸びをしつつ立ちあがった。  ドアに向かいながら携帯を開くと、デジタルの時計表示は十六時二十分を示していた。 「うわ、やばっ」  叫んで、ドアを勢いよく開ける。そのまま階段を滑るように駆け下りて、一階の教室まで走った。  授業はとっくに終わっているし、小原はきっとバス停で待っているだろう。寝る前まで考えていたことが一瞬脳裏をよぎって、胸をちくりと痛ませたが、千早はかぶりを振って紛らわせた。  必死に廊下を走っていることに少なからずデジャヴを感じたが、今はそんなことどうでも良い。誰もいないのを良いことに廊下を端まで駆け抜けて、教室に入ろうとしたとき、目の端にちらりと人影が写って、反射的にドアの陰に身を隠した。 (え……?)  頭ではまだ理解しきれていないのに、胸の中が不安で満たされている。見ちゃだめだと本能が訴えていたが、千早はそれを無視して静かに教室の中を見た。 「……っ」  そして、見なければよかったと後悔した。  窓際の席。前から二つ目と三つ目のところに、奥田と小原がいた。奥田は笑顔を浮かべて楽しそうに話をしているし、小原は表情こそ固いものの口角を上げて話に答えている。 (ちょっと待て、心臓落ち着けって)  嫌な感じに心臓が跳ねている。頭が混乱していて、体が全く動かない。口の中までからからに乾いている。 「そっか、小原くんって一人っ子なんだ。クラスでも結構静かだったし……気の強いお姉さんでもいるのかなって思ったんだけど」 「いや……一人っ子。でも、母さんが、結構元気な人だから、よく使いっぱしりにされてる」  小原が答えて、奥田がくすくすと笑う。心なしか、千早と話す時より自然に会話が続いているような気がした。そこからまた会話は小原の母親の話に流れていって、千早までもが知らない小原の家族の話をしている。  段々と会話が盛り上がりを増していって、そのたびに心臓の締め付けがきつくなっていく。まとまらない思考がぐるぐると頭の中を回っていて、めまいすらしてきた。 (……離れなきゃ)  とにかく、ここから離れなきゃ。そう思った瞬間には、もう駆け出していた。走っているからなのか、それとも、あの会話が頭の中で反芻されているからなのか。胸が締め付けられて、息が苦しい。千早は何も考えられず、ただ昇降口に向かって走った。

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