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第9話

幸いなことに、バスの定期は朝使用したときからブレザーのポケットに入ったままだった。しかし、マフラーも鞄も全て教室に置いてきてしまったので、寒さを防ぐものは何もなかった。風邪をひいた体には結構こたえたが、もう一度教室に戻るより良いと思ったのだ。  家に帰ってすぐ携帯を確認すると、小原からのメールを受信していた。震える手で携帯を操作しメールを開くと、いつものように絵文字のないメール画面が表示された。 【どこにいるの? 教室の鞄、昇降口まで持って行こうか?】  文面を何度か読み返して、静かにフラップを閉じる。メールのタイムスタンプは今から五分前。千早が学校から家まで帰るのにバスと徒歩で一時間ほどかかるので、小原は千早が去った後、その時間分だけ奥田と会話していたことになる。 (奥田とはそんなに長く会話しているのに、俺とは何分会話が続いた?) (勉強してるときだって、まともな会話はないし、説明も短いし) (本当は奥田の方が居心地いいって思ってる?)  浮かび上がってくる言葉が胸の痛みを増幅させる。千早は玄関のドアに背を預けたまま、小さく咳をしながら震える指を動かした。メールの返信画面に一文字ずつ、ゆっくりと打ち込む。 【ごめん、体調悪くて先に帰った】  送信して数秒。完了の画面が表示されて、千早は携帯をもう一度閉じた。瞼を閉じて、ふう、と長く細い息を吐いた。そうして、今まで頭の中でぐるぐると渦巻いていた嫉妬を一時的に、頭の隅へ追いやる。 「……俺、うざ」  呟いてから目を開けると、幾分、気持ちが落ち着いた気がした。というより、冷静に呟くことで頭を冷やした。 (明日。……明日になったら、きっと、大丈夫)  心の中で呟いて、やっと靴を脱いだ。服の中を流れる汗はもう冷えていて、ぶるり、と体が震える。肩を何度もさすりながら小さく洟を啜って、咳払いをした。

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