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第11話

それからというもの、奥田はしつこい──千早にとってはそうとしか言いようがない──くらい、小原の世話を焼いた。教室移動はもちろん一緒に行動するし、教科書やその他の用具も持ってやっている。教師からの頼まれごとも代わってあげるか、もしくは手助けをする。それ以外にも、朝や昼休み、放課後などは趣味の話や家族の話で盛り上がっている。ほとんどは奥田が一人で話しているようなものだが、それは小原が無口なだけであって、たまに打つ相槌には迷惑している雰囲気など微塵もなかった。  そんな二人の様子を見て、千早の不機嫌、落ち込みはどんどんと増していった。それと比例するように、屋上の冷たい風に打たれてこじらせた風邪も、悪化していった。奥田と小原の距離が近づいていくのを遠目から見ては、重怠い頭をもたげ、洟を啜った。  そうして、放課後の千早と小原の時間も、奥田と小原の時間に変わってしまった。  ある日、千早の携帯が受信した小原のメールには、こう書いてあった。 【ごめん。放課後一緒に帰れなくなった】  ただでさえ、小原に近づけなくなって焦りや不安を抱えているのに、唯一触れ合えた時間もなくなってしまうのかと、千早は恐れた。それから何度かメールをやり取りするうちに、奥田と二人で通院しなければならないことが分かった。 (通院……は、仕方ないとしてもさ、奥田とって、なんで?)  確かに、怪我は奥田を庇った所為で、そのことを奥田がとても悔いているのは分かる。しかし、その事実があったとしても、小原と千早の時間を無くす理由にはならない。だが、千早にはそれが言えない。 (そこで文句言って、恋人だってばれるわけにもいかないし)  ただでさえ男同士ということで負い目を感じているし、そのために会う時間も場所もこんなに気を配っている。誰にも言わないし、見つからないようにもしている。それに、小原は先日の体育でやっとクラスメイトと馴染んできたのだ。いくら小原が無口で人と話すことが苦手であっても、クラスメイトと仲良くなりたくないわけではない。そして、それを千早が邪魔して良いわけはないのだ。  そんなことがあってから、本当に小原と一緒に帰ることはほぼなくなった。偶然バスが同じ時間になったとしても、その隣にはいつも奥田がいた。今更知った事実だが、奥田は小原と千早と同じ路線のバスだったらしい。登校時間も同じになったことがあると言っていた。少し間違えば、恋人だとばれていたかもしれない。冷や汗ものだった。  クラスでも、教室移動をしても、帰りのバスでさえ小原の隣に奥田がいた。本来は自分がそこにいるはずだ、とそんなことを思ってしまう自身が嫌で嫌で仕方なかった。そして、奥田を傷つけずに遠ざけることができない小原にも、日に日に苛立ちがつのった。 (言えないよな、優吾は。器用じゃないし、優しいし。……何より、あいつが奥田のことを嫌だと思ってないし)  そういう風に諦めをつけてしまう千早も確かにいて、矛盾した思いが胸を埋め尽くしている。苦しくて、辛くて、胸が軋んだ。完全に心が疲弊しきっていて、表情は暗くなるばかりだ。そんな千早を林も松野も心配してくれている。だが、林と松野にはどうにもならないことだ。いつも気にしないようでいて、案外千早を気遣ってくれている二人には、これ以上心配を掛けたくないのも本音だった。  だから、千早は辛くなった胸の裡を、誰にも明かさない。怒りや不安が噴き出しても、自分の中で収めてしまう。それが最善の方法だと、千早はその時思っていた。

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