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第3話

 大御所俳優でさえも気後れしてしまうと言われるほど整った顔立ちに、にこりと優しげな微笑みが浮かぶ。亜麻色の髪はうなじに沿うぐらいに長く、頬は引き締まり、鼻筋がすっと通っている。切れ長の目は高慢と気高さのほどよい中間にあって、瞳の色は光の加減で碧がかって見える神秘的な茶色だ。  一八〇センチを超えている花島を見上げ、真澄は乾いた笑みで小首を傾げた。  それが彼に対してできる、せいぜいのことだ。長く見ているとコンプレックスを刺激されてしまう。だから、すぐに視線をそらして、藤田を見た。 「お話があると聞いたのですが……」 「そうそう。花島くんから、面白い提案があって」  立ったままの藤田が丸い腹をぽんっと叩き、太い眉を跳ねあげる。ついでに、ただでさえ大きな目をいっそう見開いた。 「話題作りのために、しばらく一緒に暮らしてよ」 「え? 藤田さんとですか?」  飛び出たような藤田の目がこぼれ落ちそうだと思って見ていた真澄は、眉根を曇らせ、じりっとあとずさる。その背中を、ふたりのあいだに立った花島の手が押しとどめた。答えたのは、あきれ顔の藤田だ。 「どうして、俺なんだよ。話題になるどころか、悪評が流れるだろ。……花島くんと、だ。彼の提案でね」  当たり前のように口にした藤田に対して、真澄は心底から驚いた。思わず花島へ向けて真顔になる。  口も開けずにいると、斜め前に立っていた花島が小首を傾げた。  やはり、穏やかに微笑む。その表情は、自信に満ちたキングの落ち着きを見せながらも、どこか爽やかなプリンスの若々しさを兼ね備えている。  格好がつきすぎていて、真澄の胃の奥がきゅっと痛んだ。 「ふたりは『恋人同士』になるわけだし。話題性バッチリ!」  微妙な空気感をまったく読まない藤田が声を張りあげる。  真澄と花島がダブル主演を務める『サンドリヨンの鐘が鳴る』は、惹かれあう男ふたりの話だ。その役作りのため、2・5次元俳優と若手ナンバーワン俳優が一緒に暮らせば、ファンの大半は面白がって喜ぶに違いない。  これが自分のことでなければ、真澄も大賛成のプランだ。  しかし、容易に飛びつける話ではなかった。 「ふ、藤田さん!」  ヘラヘラ笑う藤田に食ってかかろうとしたところを、花島に阻まれる。腕を掴んで引き止められた。 「俺のマンション、部屋が余ってるから」 「そういう問題じゃない」  資産家の息子でもある花島をキッと睨みつけ、掴まれた腕を引き戻す。プロデューサーとケンカせずに済んだのは大助かりだが、才能豊かな花島に対して真澄は素直になれない。  それに気づいているはずの藤田が笑った。 「同棲ぐらい問題ないだろ。たとえ、おふたりさんが真性のゲイだったとして、そんな見境なくは……なぁ……」  笑っている藤田の口調は軽い。『同居』じゃないのかと、真澄がツッコミを入れる前に続けた。 「高石くん、オメガじゃないだろ? 公称はベータだよな。もしかして、本当は……」 「ベータです」  ぐっとあごを引いて答える。しかし、真澄の主張とは裏腹に、藤田の指摘は正しかった。  公称はベータだが、本当の『第二の性』はオメガだ。『第二の性』には、アルファ・ベータ・オメガの三種類があり、ベータは『第一の性の特徴のみ』を持つ男女のことをいう。  アルファは男女問わずに精巣に似た器官を持ち、反対に、オメガは男女問わずに子宮と卵巣に似た器官が発達している。女性ベータと違う部分は、男性オメガなら直腸に、女性オメガなら膣と直腸どちらかに子宮口があることだ。  男性オメガの芸能人が『第二の性』を偽称することは珍しくなく、ひとつふたつ年齢のさばを読むのと同じぐらいの意味しかない。しかし、当人にとっては重要なことだ。キャリアの形成に関わってくる。 「じゃあ、問題ないよな。高石くんはオメガ役は初めてなんだろ。花島くんはバリバリのアルファだから、一緒にいれば、オメガの気分になれるだろ。きっと、たぶん」  からりと笑った藤田が、ぽんっと丸い腹を打つ。勝手なことを言っても、その陽気さでごまかしの利く男だ。 「と、いうわけでぇ! ふたりの同棲、決定! 『2・5次元の王子さま』高石くんと『王さま王子』花島くんの同棲なんて、女の子が大騒ぎするようなネタだ。ネットもマスコミも、盛りあがる!」 「ええええ」  真澄は盛大に顔を歪めたが、藤田はもうすっかりその気になっている。  困惑した真澄の肩へ、花島の手が乗る。 「よろしくね、高石くん」  美声がそよ風のように漂い、呆然と相手を振り仰ぐ。鼻筋のすっきりとした美形がまとう雰囲気は、どうしたってアルファそのものだ。  オメガとアルファは、男と女が惹かれあうように好意を抱く。 それが、オメガの真澄にとっては不都合しかないので、アルファは『天敵』だ。近づかないと、強く心に決めてきた。 「荷物を取りに行くなら、付き合うよ」  微笑んだままの花島に言われ、 「……今夜から?」  目の前が真っ暗になったような気がした。それでも、持ち前の演技力で笑顔を返す。 「事務所に連絡を入れないと……。もしかしたらNGが」  最後の逃げ道を作ろうとした真澄の気持ちを知ってか知らずか、藤田がニカリと笑う。 「実は、もう、連絡済みなんだよね! ベータなんだから、間違いの起こりようもないしね~。花島くんと暮らしてさ、しっかりと、オメガの気持ちになってみて!」 「な、なれるものでしょうか……」  ぐったりとして答えたが、興行の成功を第一に考える藤田の答えは、聞かずともわかっていた。

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