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第6話
検問所を抜け、優良の目の前に見えたのはとても大きな都市だった。
見たこともない建物が立ち並び、たくさんの人が行き交っているのが見える。
石造りやアーチ形の屋根の建物の間には、寺院や聖堂だろうか、どこか神聖な建物がいくつもあった。
少し向こうにあるのは川か海峡だろうか、間には大きく立派な橋が見える。
きらきらと輝く都市はとにかく美しく、それまで感じていた不安を一瞬優良は忘れてしまったくらいだ。
それでも、初めて見る都市ではあるが、どこか既視感があった。
ヨーロッパの風景でも、アジアの風景でもない。
寺院のような建物はモスクのようにも見えるが、絵本で見たアラビアンナイトの世界と違うのは、西洋風の建物もあるからだろう。
まるで、東西の文化が混じり合ったような。
「イスタンブール?」
少し前にテレビで見た、世界遺産に指定されている都市の名前を呟く。
口にすると、しっくりきた。そうだこの景色、トルコの首都に似ているのだ。
だとすると、きっかけはわからないが、自分は異国の都市に来てしまったのだろうか。
「知っているのか?」
「え?」
優良の声は小さかったが、エルトゥールには聞こえていたようだ。
慌てて振り返れば、危ない、と身体を支えられる。先ほどまで支えられていたこともあり、ふわりと香ったエルトゥールのにおいにドキリとする。
「帝都イストブール、この大陸でもっとも大きなアナトリア帝国の首都だ」
都市を見渡しながら言うエルトゥールの声は、どこか誇らしげだ。
確かに、ここに住む者ならば、みなこの街を自慢に思うだろう。それくらい、イストブールは立派で、美しい都市だった。
「あ、いえ少し似ている都市を知っていたのですが……」
ただ、優良が見たイスタンブールとは違い、近代的なビルなどは一切存在しなければ、鉄道も見えない。
そう、少なくとも優良の知っているイスタンブールではない。では、過去の……オスマン帝国なのかといえば、それも違う気がする。ただ、どちらにせよ、
「とても、きれいな街ですね」
この都市の美しさだけは、確かなものだ。
そう言うと、エルトゥールは微笑み、優良の髪を優しく撫でた。
あまりされたことがないその動作に、なぜか優良はそわそわと、落ち着かない気分になる。
「宮殿に着く前には市街地も通る。なかなか面白い風景だと思うから、ゆっくり見ながら行くか」
「ありがとうございます」
優良の言葉に、止めていた馬をエルトゥールが歩くように命ずる。
黙って少し後ろにいたサヤンも、エルトゥールに従うように馬を歩かせ始めた。
少し高台になっていた場所だったため、もしかしたらこの景色を優良に見せるためにわざわざ止まってくれたのかもしれない。
勿論、サヤンは自分の馬の様子を見ていたようだし、思い込みかもしれない。
だけど、それだけでも優良の心は温かくなった。
宮殿に着くまでの間、エルトゥールはイストブールの様子を丁寧に説明してくれていた。
東西の中間点に位置するこの土地は、様々な文化が混じり合っていること。そのため、商人がとても多く、バザールと呼ばれる市場が毎日のように開かれていること。
人種は様々だ。褐色の肌の人間が若干多いようだが、エルトゥールのように肌の白い人間も中にはいた。
あちこちに存在するドーム型や塔の形の建物はやはり聖堂ではあるようだが、モスクと呼ばれるものではなかった。
宗教が違うということは、やはりここはオスマン帝国というわけではないだろう。
文化は近いようにも感じるが、それだって優良自身そこまで歴史に詳しいわけではないからわからない。
こんなことになるなら、もう少し世界史を学んでおけばよかった。
そもそも、先ほどのエルトゥールの話を聞く限り、ここは優良がいた世界とはまったく異なる世界ということなのだろう。
元の世界に戻る方法は、あるのだろうか。
「大丈夫か?」
「えっ?」
耳元で問われ、優良は慌てて後ろを振り返る。
「わっ」
バランスを崩しかけた優良の身体を、苦笑しながらエルトゥールが支えてくれた。
「す、すみません。ちょっと、考え事をしてしまって……」
「いや、見たこともない場所に突然連れてこられたんだ。不安に思うのが当然だ」
確かに、最初は物珍しさから街の様子を興味深く見つめていたが、落ち着いて状況を考えれば、気持ちはどんどん沈んでくる。
「とにかく、宮殿に戻って神官長に話を聞こう。当代の巫女姫は優秀だ。お前が愛し子なのかそうでないのかも、お前のいた世界に戻れるかどうかも、すぐにわかるだろう」
「は、はい……」
優良が頷けば、エルトゥールの顔がわずかに綻んだ。
顔立ちが整っている分、クールで少し冷たそうに見えるが、エルトゥールの笑顔はとても優しい。
優良がこの状況で、取り乱さずにいられるのも、彼が傍にいてくれるからだろう。
エルトゥールがいれば、大丈夫。まだ出会って間もない相手に対し、そんなふうに思うのは安易かもしれないが、優良はそう思った。
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