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棘の鎧を身に纏え②
ベンチに座っていた玲旺は自分より幾分か年上の男を一瞥すると、不機嫌そうに舌打ちをする。
「何だ、藤井かよ。オマエ、よく俺がここにいるってわかったな」
「ええ、かなり探しましたよ。ホテルのラウンジ、先週グランドオープンしたフレンチレストラン、それから流行りのカフェも」
「ほっとけっつーの。俺がいなくたって総務部は上手く回ってんだから、親父には適当に言っときゃいいだろ。『そろそろ一般人の感覚に慣れろ』なんて言って、他の新入社員と同じ扱いしやがって。今まで俺のことなんて構いもしなかったくせに」
言い終わらないうちに、玲旺は立ち上がるとさっさと歩き出した。ベンチにはブランドショップの大きな紙袋が二つ残されたままだったが、自分で持つことなく当然のように置き去りにする。藤井は紙袋を掴み、急いで玲旺の後を追った。
「玲旺様ご自身でお買い物に行かれたのですか? 欲しい物がおありなら、外商を呼びますのに」
「買い物くらい好きにさせろよ。店の棚に並んでるのを見比べながら選びてーんだよ。『今人気の商品です』って、家に持って来られたんじゃ興醒めなワケ。わかる?」
「それは大変失礼いたしました」
高圧的な物言いにも表情一つ変えず、藤井はいつものように従順に頷いた。玲旺はわざとダラダラ歩きながら、腕時計に視線を落とす。まだ会社に戻るには早いと考えながら、洒落たセルフタイプのカフェの前で足を止めた。安いチェーン店と違ってその店先からは、ローストされた珈琲豆の良い香りが漂っている。
「珈琲飲みたい。買ってきて」
玲旺は藤井の返事を聞く事すらせず、そのまま店内に入り、丁度よく空いた窓際の席を陣取った。ムスッとした表情で外を眺めるその姿は、高貴な猫がツンと澄ましているようで近寄りがたい。
藤井は大荷物を抱えたままカウンターで注文を済ますと、受け取った商品を玲旺のテーブルまで甲斐甲斐 しく運んだ。
「それでは、外でお待ちしております」
律義に頭を下げて立ち去る藤井の後ろ姿を眺めながら、玲旺は少しだけ口の端を上げる。
柔らかそうな栗色の髪をかき上げてから、珈琲カップに口をつけた。
『玲旺は甘いものが好き』と言う情報は、藤井の頭の中にしっかり叩き込まれているのだろう。珈琲としか言わなかったが、藤井が買ってきたものは生キャラメル入りのミルクラテだった。
「あいつはホント、忠実だな」
昔から、人を試すようにワガママを言う癖があった。玲旺も充分自覚していたが、改めるつもりは毛頭ない。
なぜならそれは、身を守る術でもあるのだから。
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