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*第2話 * fortune
日本を代表する大手アパレルメーカーfortune 代表取締役社長。それが玲旺 の父親の肩書だ。
元は江戸時代から続いた老舗の呉服問屋だったが、「これからは女性も洋装の時代が来る」と、曾祖父の代で洋服の仕立てと販売へ舵を切った。その予見は見事に当たり、フォーチュンは衣料品メーカーとしての確固たる地盤を築いて、今に至る。
しかしその由緒正しき家柄のお陰で、玲旺は随分苦い思いもさせられた。人は笑顔の下に素顔を隠し持っていると、幼い頃から学べたのは良かったのか、悪かったのか。
幼少の頃、人の顔色を常に伺い、腹を探るのが上手い級友に嫌悪を抱いていたが、今思えば彼なりの自衛だったのだなと同情したくなる。
飲む気の失せた珈琲をそのままテーブルに残し、玲旺は席を立った。店の外でピンと背筋を伸ばして待っていた藤井は、玲旺が歩き出すとその少し後ろを文句も言わずに付いてくる。
藤井は無表情と言うわけでもないが、感情を読み取るのが難しい。
首をほんの少し捻って観察していると、視線に気づいたのか藤井が玲旺に向かって声を掛けた。
「久しぶりの日本はいかがですか? 玲旺様はイギリスでの寮生活が長かったですから、ご家族との団らんも懐かしいのではありませんか?」
「団らん? そんなもん、今も昔もねーよ。みんな忙しいからさぁ、俺はいつも除け者みたいで嫌になっちゃうよね」
冗談めかして肩をすくめたが、藤井は真剣な表情で玲旺の行く先を塞ぐように前に出た。
「除け者なんて、そんな訳ないでしょう。ご両親はいつも玲旺様のことを第一に考えておられますよ」
急に行く手を阻まれた玲旺は、不機嫌そうに藤井を押しのける。
「俺は別に傷ついてるわけじゃないから、慰めとかいらねぇよ」
藤井は複雑そうな表情で、大人しく玲旺の後ろに下がる。強がっているのだと思われたなら心外だと、玲旺はうんざりしながらため息を吐いた。別に団らんなど欲していないのだから、それが手に入らずとも少しも悲しいことなんてないのに。
確かに、父親に叱られた記憶も褒められた記憶もないのは一般的に見て「可哀想」と言われる部類に入るのかもしれないが、玲旺にとってはどうでも良いことだった。
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